紳士という名の変態
「まち散歩に行こうよ。」
俺がこの家に来てから3日目。
やっと実家から届いた荷物を整理している最中、天は部屋に来るなりそう言った。
「まち散歩...?」
「そう。まあ、別の言い方をすればただのまち案内なんだけどね。何となく楽しそうな言い方にしてみただけ!」
まち案内か...
確かにこっちに来てから外にあまり出ていない。
なぜなら...
「昨日は昴ずっと家でゴロゴロしてたからね。」
「違うって!一昨日の筋肉痛で動けなかったんだ!」
その筋肉痛もほとんど治ってはいるがまだ完治はしていない。
「それでどうする?」
そう言う天の服装を見ると朝見たときに着ていたラフな格好ではなく涼しそうな外着に着替えていた。
俺にどうするか聞いている割にはもう行く気満々って感じ...。もはや俺に拒否権はないようだ。
「わかった。行くよ。」
「よし!じゃあ先に玄関行ってるから1分で来るよーに!」
「1分!?」
それはいくらなんでも...!と抗議する前に天は部屋から出て行った。
まあ、さすがに1分ってのは冗談だよな...?
「いーち、にーぃ、さーん...」
遠くから天がそう数える声が聞こえる。
どうやら本気らしい。
「あー!もう!」
その精一杯の抗議の声は誰の耳にも届くはずもなく俺は勢いよく部屋着兼寝間着として着ていたスウェットを脱ぎ始めた。
※
「むー...自転車で行ったらもっと色々行けるのにー。」
隣からもう何度目かの天の不満そうな声が聞こえる。
「ま、まあいいじゃないか。まずは近場からってことで。」
準備を手早く済ませ玄関の外に出ると天が自転車を二台準備していて、その一台に跨り『さあ行こう』と言わんばかりに手を挙げていたのだが、丁重にお断りさせてもらった。
田んぼ道を歩きながら改めて風景を見回す。
良くいえば今まで住んでいたところなんて比べものにならないくらいのどか、悪くいえば見回す限り何も無い景色が広がっている。
天と田んぼ道を並んで歩いていると学生服に身を包んだ生徒が自転車を走らせているのが見えた。
今は七月の半ば。
そこでふと今、隣で歩いている天に疑問を覚えた。
「そういえば天、学校は?」
七月の半ばならまだ大抵の学校が夏休み前なはずだ。
「学校?ああ、うちの学校は他の学校より早く夏休みに入るんだよ。でもその代わり他の学校よりも夏休みが終わるのがだいぶ早いんだよねー。」
「へぇ...いつまでなんだ?」
「8月の半ばだよ。お盆が終わったら割とすぐ学校。もう嫌になるよー。他の学校はまだ夏休みなのになんで私の学校だけーって。」
「それと同じようなことを今天の学校以外の学校の生徒は思ってるだろうね...」
「まあ、それはそうだけどー。」
分かってはいるけどなんだか納得いかないというように天は不満そうにぷくーっと少し頬を膨らませた。
その可愛らしい姿に一瞬ドキッとしてうっかり惚れてしまわないようにと心の中で『こいつはいとこ。こいつはいとこ。』と呪文のように繰り返し唱える。
ほとんど人と、いや、女子と触れ合ってこなかった俺にとって異性との触れ合いは厳重注意だ。
向こうが無意識にする可愛らしい仕草や優しい行動が俺の気を狂わせ勘違いしてしまいそうになる。
そう、こいつはいとこ。こいつは......
「やあ、天ちゃんじゃないか。」
心の中で呪文を繰り返し唱えていると近くから誰かに声をかけられる。
「ああ、仲春さん!こんにちは、偶然ですね」
どうやら天の知り合いらしい。
ふわふわの髪、整った顔、そしてスラリとした長身、細いフレームのメガネ。
同性の俺から見ても文句なしのイケメンさんだった。
「本当にね。...ん?そっちの子は?」
見られた瞬間ビクッと体が少し跳ねる。
どうやら一瞬のうちに俺よりこの人の方が立場的なものが上だと判断したようだ。
頭が一瞬沸騰し、思考が止まる。
だが、その瞬間俺は見つけてしまった。
仲春さんの普通とは違うその違和感に。
仲春さんは俺のそんな様子に気づいていないのか、何かを思い出したように頷いた。
「そうか、君が天ちゃんが言ってたいとこ君か。」
「そう、雨月昴くん!」
思考が止まっている俺を置いて話がどんどん先に進む。
「ああ、そっかぁ。よろしくねぇ。僕は仲春彩翔。」
「う、雨月昴...です。それで...えと......」
一瞬指摘して良いものかどうか迷う。
「ん?どうかしたの?」
不思議そうに仲春さんは首を傾げた。
『自分の異常』に全く違和感を持っていないというようなその仕草にもしかして俺が間違ってるのかと不安を覚える。
だが、やはり好奇心には抗えず...というか半ば怖いもの見たさで疑問を口にすることにする。
「その左手の...それは?」
「ああ、この娘?」
仲春さんの左手には大事そうに『美少女フィギュア』が握られていた。
ちなみにシンプルでオシャレな上着に隠れて初めは気づかなかったが中に着ているTシャツには俺も知っているアニメの絵柄が描かれていた。
「そういえばまだ紹介してなかったね。」
俺は汗をタラタラかきながら次の言葉を待つ。
「こほん...では紹介します。」
「(ゴクリ...)」
「こちら、僕の嫁です。」
顔を赤くし照れながら言う仲春さんの衝撃発言にどう反応したらいいかさすがの俺も戸惑う。
確かに俺も画面の向こう側に嫁はいる。
携帯に画像を保存しまくったり、グッズを集めたり、もちろんフィギュアも。
...だが、俺は少なくとも外に持ち出して一緒に歩いたりはしないな。
「へぇ、可愛いですね。」
すると興味深そうに天が仲春さんの手に握られたフィギュア...いや、嫁を覗き込んだ。
「だろう?このリョウカちゃんは僕の今の最高の嫁なんだよ。この魅力を言葉にするのはとても難しいけれど敢えていうなら...」
「そ、それはそうと仲春さんは散歩ですか?」
このままだと何時間も語りそうだと同類の感から瞬間的に判断し話題を変える。
「うん、そうだよ。ちょっと癒しを求めて、ね。」
そういい仲春さんは来た道を振り返る。
つられてその視線の先を追うと一つの小学校があった。
ちょうど下校時間なのか帽子を被り色とりどりのランドセルを背負った小学生たちが集団で下校しているのが見える。
再びタラタラと汗を流す俺。
ちらりと天の方を向くと天は俺の感じている嫌な予感を感じていないのか首を傾げていた。
「仲春さん、もしかして...」
俺が指摘する前に俺の言おうとしている言葉が分かったのか仲春さんはワタワタと慌て出した。
「ち、違うよ!?僕はいたいけな小学生をじっと眺めたりなんかしないさ!紳士だからね!」
「紳士って...」
まあ、さすがにそんなことするはずないか。
俺の思い過ごし...
「僕は何時間かに1回小学校の前を通りかかるようにきちんと計算して散歩してるだけだよ!ずっと眺め続けるなんて紳士じゃない!僕をそんな輩と一緒にしないでくれるかな!」
やっぱり不審者だったぁぁぁっ!!
ホントこれだけは思い過ごしであって欲しかった!
仲春さんは『当然だ』というように胸を張る。
「ち、ちなみに仲春さん、なにかお仕事って...」
「仕事?」
「仲春さんは警察官だよ。」
俺の質問に天が答える。
「け、警察ぅぅぅっ!?」
この人捕まえる方じゃなくて捕まえられる方に見えるんだけど!?
仲春さんが警察官だということが信じられなくまじまじと仲春さんを見る。
「いやー。そんなにじっくり見つめないでよ、昴くん。照れるなー。」
「ほ、本当何ですか?な、仲春さんが、け、警察って...」
「うん、ちなみに治安維持課。ほら、警察手帳。」
そう言って差し出された警察手帳を見る。どうやら本物らしい。
街の治安を守るどころかこの人こそが治安を乱しそうな気がするが。
この一瞬でこの町の警察への信用性が俺の中で急激に下がる。
本当になんでこんな人雇ってんだとツッコミを入れたくなった。
だが、仕事とプライベートはきちんと分けるって人もいるし、仕事と中ならともかくプライベートでどんなことをしてようが個人の自由って考えもあるしな。
学校にも通ってなくて引きこもりだった俺が文句を言える義理じゃないが。
「あ、じゃあ僕はもう行くねぇ。ちょっとまだ用があって。」
「用?」
「ちょっとした挨拶運動と交通安全運動だよ。」
その一言で俺はこの人がやろうとしている事を察してしまった。
その言葉だけを聞くと何の問題もないように思えるが顔は赤らめられ気のせいか呼吸が若干荒い。
「じゃあ...僕はこれで。」
そう言いながら仲春さんは舌なめずりをした。
おまわりさん!こっちです!
この人絶対よからぬことをしようとしてる!
本当にこのま町の警察は何やってんだ!
当然俺のツッコミは届かず仲春さんはそのまま歩いていった。
笑顔を浮かべ明日への希望に溢れているかのように堂々と。
「な、なあ、天。」
仲春さんの後ろ姿を見ながら天を呼ぶ。
「ん?なに?」
「仲春っていつもああなの?」
「んー?うん、まあそうだね。でもいい人だよ。朝は毎日私の家の外で会うけど挨拶してくれるし、仕事が休みでもいつも巡回してるし、小学校とかでよくボランティアもしてるらしいよ?あとはデパートで女性服と子供服売り場で男が襲って来ないようにって重点的に巡回してたりとか...あとは......」
「うん、わかった。もういい。」
仲春彩翔。
パッと見爽やか系のイケメンだけど、高確率で変態。
今の数分で俺の要注意危険人物リストに載った。




