金属バットのお姫さま
ふと目を開けた瞬間、まず目に飛び込んで来たのは金属バットだった。
残念なことに見間違いではない。
ちらりと視線をバットの持ち手ーーーつまり今その物騒な物を俺の上で構えている犯人に向ける。
そこにはやはり俺がこうなった原因であるあの少女が青い顔で顔を引き攣らせながら立っていた。
少女は俺が目を開けたのを見ると震えながらバットを振り上げる。
「死ねぇぇぇぇ!」
「いや、なんで!?」
さすがにこんなむごい死に様を晒すのは嫌なので素早く避ける。
そして体を起こし少女が第二波を繰り出す前にバットを掴む。
「やぁぁぁっ!放せ!不審者ぁ!」
どうやらこの子は俺を不審者だと勘違いしているようだ。
だとしたらこれ以上ややこしい事にならないうちに誤解を解かないと...!
「俺は不審者じゃ、ない、んです!今日からこの家に居候させてもらうことになって!ここは俺の叔母の家でっ!」
こんな状況だというのに相変わらずの対人恐怖症を発動させてしまい思わず目を瞑る。
心臓がバクバク鳴り、納得してもらえず警察でも呼ばれたらどうしようという不安が浮かび、頭の中で『このままじゃヤバい』と警告音が鳴る。
だが、意外にも少女が発した言葉は俺が予想もしていなかったことだった。
「...えっ?キミが?お母さんの言ってた...いとこ?今日から来るっていう...?」
「...へ?」
間抜けな声が漏れつつも少女の顔をもう1度見る。
「.....いとこ?」
俺初花さんに娘がいるなんて聞いてないんだけど!
「ふーん...キミが私のいとこかぁ...」
そう言いながらじーっと俺の顔を見る。
「そっか...ごめんね。私なんだか早とちりしちゃったみたい。」
「い...いえっ!大丈夫、です!」
「じゃあ自己紹介。私は水無月天。成峡高校、1年。」
「お、俺は雨月...昴っ!今日からしばらくここに住むことになってて...あ、えと、こ、高校2年...です。」
まあ、しばらく学校に行ってないから一応年齢的には...という感じではあるが。
...っていうか年下だったのか...見た目的には俺と同い年か年上って感じなのに...
俺と同じような感想を抱いたのはこの水無月天と名乗る少女も同じだったようで意外そうな顔をした。
「へぇ...年上かぁ。見た目的には私より私より年下っぽいのに。」
失礼なっ!頭の中身はともかく!
そんな俺の心の中での抗議は当たり前のことだが届くはずもなく...
「じゃあ、今日からよろしく。いとこなんだし敬語とかはいいよね?呼び方とかはどうすればいい?」
「なんでも、いいよ。好きに呼んでくれれば。」
「んー...じゃあ『すばるん』?」
なんだかメルヘンなあだ名を提案されてしまった。
「...出来ればそのあだ名以外でお願いします...」
俺の申し出を聞いた水無月天はしばらくうーんと唸ってから『よしっ!』と言ってぽんと手を打った。
「じゃあ、昴と呼ぼう!年下の私が呼び捨てで呼ぶんだから昴も私のことは呼び捨てでいいよ。」
「えっ!?あ...えーっと......」
彼女いない歴=年齢の俺がまさか異性を呼び捨てで呼ぶ日が来ようとは思ってもいなかったので咄嗟にそんな声を上げてしまう。いとことはいえ異性に呼び捨てにされたのも初めてだし!
「...じゃ、じゃあ...そ、そ...天...」
今更断る事も出来ず顔を自分でも分かるくらい赤く染めながらなんとかそう言う。
すると天は満足そうに笑みを浮かべた。
「うん。」
そんな天を見て俺はこのやり取りが始まったときからずっと思っていたことを言おうと口を開く。
「そ、それでさ...そ、天。」
「うん、何?」
「そ、そろそろバットをどかして頂けないでしょうか?」
思わず敬語になる。
そう、なんか和やかなムードで初対面のいとこと自己紹介したのはいいのだが、その最中も天は無意識なのかバットを俺の上に振り下ろしたままだったのだ。
しかもやはり無意識 (だと信じたい)なのか力もそのまま入れっぱなし。
「わっ!ごめんごめん。」
そこで天はようやくバットを退かす。
俺は命の危機が去ったことに安堵し深く息を吐き出した。
「それで?なんで急いでたんだ?」
そう問うと天はなぜ自分が急いでいたことをようやく思い出したようでハッとして慌てて時計を見た。
「うわっ、大変!もうこんなに時間経ってる!!」
「何かあるの?」
「んー...、何かあるっているか。まあ誰かと会うとか約束があるとかそういうことじゃないんだけど...あの、あのね...」
天は恥ずかしそうに一瞬顔を俯かせる。
そしてすぐに上げると天は目をキラキラさせて、満面の笑みを浮かべた。
「今日は前からずっと楽しみにしていた『天海のスターライド』の最新刊の発売日なんだよ!!」
その言葉にポカンとしたまま天の顔を見続ける。
『天海のスターライド』という本...いや、ライトノベルは俺も当然知っている。
悩みを抱えた少年少女たちの青春群像劇。人気もそこそこありメディアミックス化もされている。
俺も好きな作品で当然今月発売された最新刊も既に買った。
...だが、一つ天の発言に違和感を覚える。
「...今日発売?」
『天海のスターライド』の出版社は毎月決まった日に本を発売している。
そしてその発売日は『2日程前』なのだ。
「そう!田舎だからねぇ。都会と発売日がずれるんだぁ。だからずーっと楽しみにしてたんだよ」
そ、そんな...
まさか本の発売日がそんなにずれるだなんて全く知らなかった...
ま、まさかゲームとかもそうなのだろうか?
今まで欲しいものは発売日に手に入れて来た俺にとってそれは辛い。
まさか知り合いがいなくて普通に家の外に出ることが出来るから良いとこずくめだと感じていたこの場所にそんな落とし穴がなるだなんて...
俺が密かに心の中で絶望を感じていることとは対照的に天は楽しそうに微笑みながらぽんと手を打った。
「そうだ!昴も一緒に行こうよ!自転車お兄ちゃんが置いていったやつがあるし!」
「自転車で?そんなに近いの?」
「うん!30分くらい!」
遠いじゃん!
そんなに長い時間自転車漕いでたら途中でぶっ倒れるって!
「...あのぉ、バスとかじゃダメなの?」
どうにか自転車30分コースを回避出来ないかと恐る恐るそう提案すると天は不思議そうに首を傾げた。
「バスなんてこの辺だと1、2時間に1本しか走ってないよ?だったら自転車のほうがいいって!お金も勿体無いし!」
「さ、さいですか...」
「よーし!じゃあしゅっぱーつ!!」
「お、おー...」
天にそう言われるままほぼ強制的に自転車30分コースが決定してしまった。
この後日頃の運動不足が祟って疲労困憊。結局本屋を楽しむ余裕すらなかったのはまた別の話。




