何もないその場所
目の前に広がるのは見渡す限り田んぼ。
人の姿はほとんど見えずトラクターに乗った農夫婦がぽつんといるくらい。
これぞ田舎だと言わんばかりの風景。
「...来てしまった...」
その中で手に入るだけの荷物を詰め込んだトランクを持った俺は完全に浮いていた。
駅もこれまで見てきたものとは全く異なり、売店もないし人も多くない。
そして駅のすぐ外にはこの光景。
もうこの光景を見てしまっては嫌でも自分の生家を追い出されたんだと実感させられる。
「...でも、今、外に出てるのに拒絶反応的なのはないな...」
不思議と知り合いにも出くわしやすい生家を出る時に比べ今は全然外に出ているのが苦痛に思わないのだ。
家から遠く離れたこの場所にいる限り絶対に知り合いには会わない。
それが俺の気持ちを軽くしているのだろう。
「...さてと、どうしたものか...」
ここで待ち合わせをしているはずの初花おばさんがまだ来ていない。
すでに待ち合わせの時間から30分程が経過している。
電車も定時通りだったはずだけど...
もう何度も確認している通話アプリを開きおばさんからのメッセージを見る。
そこには何度も『あとちょっとで着く』というメッセージが表示されていた。
見事なコピー&ペースト。
もしかして俺がメッセージを送ったら自動的にそう返されるようにプログラムされているんじゃないかという馬鹿げた妄想が頭の中を駆け巡るがそれはないかとすぐに思い直し携帯の画面を閉じる。
無意識に小さく溜息が漏れ、それと同時に頬に汗が伝った。
日陰に入ってはいたがそれでもジリジリとした暑さを感じる。
「...あっちぃ...」
時間になったからと外で待っていたが、これなら中の待合室にいたほうがいいのかもしれない。
そう思い駅に戻ろうとすると 足元で猫が鳴いた。
俺と同様暑さを感じているのか日陰で寝転がっている。
「わっ!!」
「...っ!?」
その無防備に晒された腹を撫でようと屈んだ瞬間真後ろから声が聞こえ前のめりに倒れそうになる。
どうにか体制を立て直して後ろを振り向くと、長い髪をやや下の位置で結んだ女性がニコニコしながら立っていた。
「ごめんねー?遅くなっちゃって。」
その言葉で目の前に立つこの女性が俺の待ち人であると確信した。
「こ...こんにちは。...初花おばさん...」
「もう、『おばさん』だなんて、私そんなに年取ってるように見える…?」
「...っ!ご、ごめんなさい!」
慌ててそう言いながらおばさんの方を見る。
実際おばさんは年齢の割にとても若々しく見えた。すごく失礼だが。
確か事前に聞いた情報だと今年で42歳だったはずだ。
「あははっ、ごめんごめん。そんなに気にしてないから大丈夫よ。でも私的には『おばさん』じゃなくて『初花さん』って呼んでくれるとありがたいかな。」
「そ...そうですか...分かり...ました、初花さん。」
何て返せば良いのか分からずそれだけ言って口篭る。
今ほど他人との会話の仕方を事前に学ばなかったことを悔やまれることはない。
『やはり2年の引きこもり生活で会話をほとんどしてこなかった分の後遺症はなかなか抜けないな』と頭の中でかっこよくポーズを決めながら決め顔で言うところを妄想するくらい初花さんとの少しだけの会話で俺の精神は大ダメージを受けていた。
「じゃあ、行きましょうか。どこか寄りたいところがあるなら行くけどどうする?」
「だ、大丈夫...!です!」
言葉を詰まらせながらなんとか噛まずにそう言う。
「そう、じゃあ行きましょう。」
ニコニコ笑いながらそう言う初花さんに先導され俺は足を絡ませながら後に続いた。




