独占欲
「初花さん。」
朝食を終え片付けに入ろうというタイミングで俺は初花さんを呼び止めた。
今一番聞きたいことを聞くために。
「どうしたの?もしかしてまだ体調悪い?」
俺の真剣な顔はそんなに体調悪く見えるんですかね...
いや、確かに病的ななまでに白い肌に超食も自分で作ったわりには俺は初花さん以上に食べなかったのだからそう思われるの仕方ないのかもしれないけど。
まあ、それはいいとして......
「天の居場所を教えてください。」
今分かっていることは天が男の家に泊まっているといることだけだ。まずはそれを聞く必要がある。
困った風に初花さんは頬に手を当て真っ直ぐ俺を見た。
「ごめんなさい。それは言えないわ。」
「どうしてですか?」
「天に昴くんには言うなって言われてるのよねぇ。」
「それは...」
どうしてそんなこと...
普段の自身の行動を思い返してみてもそんなことを言われるようなことをした覚えはない......と思う。
そこまで嫌われるようなことしたっけ、俺。
「まあ、そのうち帰って来るだろうし、大丈夫よ。」
大丈夫って...そんなことないだろ。
分かってる。おかしいのは俺のほうだって。
初花さんがここまで言うってことはその『男』とやらは信頼出来る奴なのだろう。
天もなにかの弾みで俺に愛想を尽かしていたのかもしれない。
無自覚に俺は取り返しのないことをしていたのかもしれない。
でも抑えきれないんだ。
心がもう張り裂けそうなくらい叫んでいて、気がおかしくなりそうで。
こんなの自分勝手な『独占欲』だ。
奪われたくないから、ずっと自分の傍で笑っていて欲しいと思ったから、そんな自分勝手なわがままから来ている感情だ。
他の人の都合も考えないで。
俺は昔からなにをやっても人より上手く出来てしまう自分が大嫌いだ。
そして周りからの攻撃に耐えられない自分の弱い心も大嫌いだ。
『天才』だなんて言葉は別に褒め言葉なんかじゃない。
普通と違う、真っ当なレールの上から外れた者にに与えられる蔑称だ。
でもそんな俺を天は普通に見てくれた。
それだけの事だけど...
でも......
だから...
「お願いします…!!」
「ちょっ...!ちょっと昴くん!?」
初花さんが慌てたのが分かったが俺は構わず続けた。土下座のままで。
「俺は...天と話がしたいんです!まだ...まだいっぱい......話したいことがあるし!それに...それに......!!」
「......」
呆れているのか初花さんは何も言わない。
しばらくして初花さんは諦めたように「ふぅ...」と息をついた。
「わかったわ。」
「本当ですか!?」
「でも天との約束もあるから......ちょっと待って。」
そう言って初花さんは携帯を操作し始める。
「ほら。これ。」
「これって......」
差し出された携帯電話に表示されていたのはこの近くの総合文化センターのホームページだった。
イベント情報などを掲載しているらしい。
そして今そこに表示されていたのは......
「『RE:LOAD』の原画展覧会!?」
『RE:LOAD』というのは昨年アニメ化されたライトノベル原作の作品だ。
過去に取り返しのつかない程の後悔を残した主人公 (会社員)がひょんなことからある不思議な少女と出会い過去にタイムトラベルする。そして過去に戻るということの副作用として体がその飛んだ年の年齢まで若返ってしまう。そこからまたいろいろな出会いや障害があって...、というような内容だ。
俺はグッズや書籍を買うほどのファンではないにしろその作品のアニメは見た。
でもなんでそんな大人気作品の原画の展示会がここで......
「この作品の作者さん、この町の出身らしいわ。それで『あにめ』ではこの町をモデルに作ったみたい。」
うぁぁ...ヤバい。
天のことが最優先なはずなのに正直心が踊ってしまう。
こんなレアイベントなかなかない。
ホームページを見る限りこのイベントは1週間近くやっているらしい。終了日は明日。さすがにイベントの終わり頃なので初日に行われたらしい原作者のサイン会は終わっているものの限定グッズやアニメの原画などを見ることが出来るというのはなかなかないだろう。
天を探す上で初花さんがこの場所を教えてくれたのだ。あくまでも天を探すために行くんだ。他意はない...と言ったら嘘になるけどそれでもここに行けば何かが変わる。それは確かだ。少なくともここで何もしないよりはいい。
『やらない後悔よりもやった後悔』とも言うし。
「食器は私が片付けて置くからいってらっしゃい。」
「すいません。お願いします。」
気を使ってくれたのか初花さんの申し出を有難く頂き準備をするために部屋の外に向かう。
「昴くん。」
「なんですか?」
初花さんに呼び止められ振り向く。
初花さんは少し悲しそうな顔で微笑みながら眉を八の字にしていた。
「『すみません』だなんて言わなくてもいいのよ。遠慮なんかしないで。昴くんにも色々な考えがあるのは分かる。でもね、もっと...頼ってくれてもいいと思うわ。私は『元』でも先生で昴くんのおばさんなんだから。」
その言葉を聞いた瞬間まるで呼吸の仕方を忘れたかのように息が詰まった。
言葉も咄嗟に出てこない。
「......はい。...ありがとうございます。」
少し経ってからそう言って扉を閉める。
すぐに自室に向かいたい気持ちもあったが俺は扉のすぐ隣にもたれしばらく動けなかった。
胸の辺りを温かいものが満たしていくのを感じる。
「...よし!!」
俺は目元を勢いよく拭って階段を駆け上った。




