この気持ち
「...ん...んん......」
『ゆうやけこやけ』の音楽で目が覚めた。
この辺りの地域では近くにある支援学校や公園にあるスピーカーを使って毎日夕方6時にこの音楽が鳴り響く。
何でも子供に帰る時間を知らせるために地域で行っている取り組みらしい。
「...もう夕方か......」
長距離の自転車移動と比野守との剣道で感じたことがないほどの疲労が溜まっていたようだ。
くたびれた足を必死に動かして行きの倍くらいの時間をかけようやく家に辿り着いたのは午前七時くらい。
たっぷり十二時間近くは睡眠時間を取っている。
「...っ!?......いったっ...」
もぞもぞと動きいつの間にかかけられていた布団を退かすと体のあちこちが鈍く痛んだ。
体全体が鉛のように重い。
時間をかけようやく布団から抜け出したところでようやく部屋着に着替えてなかったことに気がついた。
あまりの疲労で着替える気力もなかったのだから当然だ。
シワのついた服を脱いで楽な服に着替える。
そしてゆっくりと部屋を出て階段を降りリビングに向かった。
奥の台所ではちょうど夕飯の用意をしているらしい初花さんが立っていた。
「あら?起きた?」
「すみません、長い時間寝ちゃって...」
「ああ、いいのよ。寝る子は育つって言うし。」
「いや、でも俺...多分もう成長期終わってますけど...」
「まあまあ。いいじゃないの。」
初花さんは鼻歌を唄いながら鍋をかき混ぜる。
今日の献立はシチューらしい。
その食欲をそそる香りが俺の鼻腔をくすぐる。
朝から何も食べてないせいか腹が『ぐう』と音を立てた。
「手伝いますよ。」
家のことを何も手伝わないでのうのうと寝ていたことを申し訳なく感じそう申し出る。
「んー...そう?...あー、でももうメインはだいたい出来たのよね〜。...あ、そうだサラダ作ってくれる?私はスープ作るから。」
「分かりました。」
初花さんが冷蔵庫から出してくれたキャベツやキュウリを受け取ってリズムよく刻む。
「そういえば天は部屋ですか?」
普段ならこの時間はここにいることが多いのでいないのは珍しい。
「あー、天なら今日帰って来ないわよ。お泊まりだって。」
「泊まり?どこにですか?」
「んー...、そうねぇ。...男の子の家...かなぁ。」
ザクッ
「ちょっ!?ちょっと昴くん!?指!!血、血が!?」
その声で自分の指を見ると初花さんの言うように指から血が出ていた。
出血量は多いが俺は『ああ、切ったのか』くらいにしか感じず痛みをじんわりと感じながらもボーッとしていた。
「ちょっ、ちょっと待っててね!今救急箱持ってくるから!!」
慌てて火を止めて初花さんは部屋を出て行った。
その様子をぼんやりと眺めてほぼ無意識の中で流しに移動し水で傷口を洗い流す。鋭い痛みが走り思わず顔を歪めた。
痛みのせいか、心臓がバクバクと激しく鼓動する。
男の家で天がお泊まり?
しかも初花さんは全然何ともないような口ぶりで言うしそれほど危機感を感じてないのかただの能天気なのか...まあ、それはいい。
いったい俺が寝てる間に何があった?
脳裏には天がカッコイイイケメン男子と裸で布団に入り笑いあっている様子が浮かぶ。
そんなありはしない...いや、あってはならない妄想を頭をブンブンと振って払った。
怪我をしてない方の手でうるさく鳴る心臓を落ち着かせるように胸の辺りを強くギュッと握る。
なんだか胸の中が燃えるように熱かった。
張り裂けそうで苦しい。
別に変な気持ちは感じてはいない。あくまでいとことして天のことが心配なだけ。ずっと天と過ごして来たからくる気持ちで。そう!例えるなら小動物を保護者したいと思うような気持ち的な?
だったら......
......
...
だったらなんでこんなにも嫌な気持ちになってるんだろう。
悲しいような...腹が立つような...
この胸の痛みは...いったい......




