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雨月昴の日常

朝10時。

ふっと目が覚め体を起こす。

自宅警備員には決められた勤務時間というものは無い。

しかし、長時間の勤務のため長い睡眠時間を必要とするのが辛いところだ。

だから起き抜けは長時間の睡眠の副作用からか酷く頭がぼんやりする。


軽く頭を左右に振り眠気を飛ばす。

二度寝をしようと思えば出来るのだがそれは出来ない。

なぜなら俺にはやる事があるから。


どうにか二度寝の誘惑に抗って布団から出てゆっくりと部屋の扉を開けそろそろと慎重に外に出る。

そして手すりに手を付きながらゆっくり慎重に下に降りた。

両親も2歳年下の妹も出掛けている事を確認し息をつく。

この時間だから出払っているのは当然なのかもしれないが、そうであったとしても自宅警備員には厳重な注意力は必要不可欠だ。

妹はともかく、親なんかと鉢合わせしてしまったときには嫌味の一つでも言われかねない。


素早くシャワーを浴び、洗濯済みの服に着替え台所に向かう。

机の上にはいつも通り一人分の朝食と小さなメモがあった。

『良かったら食べて。 怒ってないから顔を見せて下さい。』

あとから付け加えられたようにメモの端に小さく書かれたその一文。それを見た瞬間心がズキンと痛んだ。

両親とはもう暫く顔を合わせてはいない。

怒っていないとは俺が学校に行かなくなったことを言っているのだろうが...


そこまで考えてから頭の中に2年前の記憶が蘇るーーー


あの頃は学校に行かなくなってまだあまり経っていない頃で俺の心は荒れていた。

部屋に籠り心配そうに声を掛けたり扉を叩く両親にみっともなく八つ当たりしたものだ。

あまりにも俺が部屋から出てこないものだから両親も強硬手段に出た。

あろう事か、俺の部屋を開けるための鍵を探し出して扉を開け無理矢理俺を部屋から引っ張り出したのだ。

外に出た瞬間頭を殴られたように急に視界が歪み蹲った。

扉の外に出る瞬間に頭の中で響くあの嘲笑。頭に浮かんでは消えるクラスメイトたちの顔。

その後のことはよう覚えていないがあの後から両親は俺を無理に外に出そうとする事はなくなった。


あの時の恐怖は今もまだ残ったまま。

2年をかけ1人の時や妹しかいないときは部屋の外や近所にも出ることが出来るようにはなったが両親とは顔を合わせることが出来ないでいた。

今でも申し訳ない気持ちではいるが、それでも一度刻まれた恐怖はなかなか消え去ってくれない。

ふと体が小刻みに震えていることに気づき思考を止めるため頭を強く左右に振った。

そしてメモを裏返し見えないように奥に追いやってから朝食兼昼食を食べ始めた。


食事を終えてから自室に戻ってすることはゲームやアニメ鑑賞、まとめサイトの巡回や読書だ。


二次元はいい。

憂鬱な気分をいつでも晴らしてくれるし、部屋にいても気分をいつだってどんな世界にも連れて行ってくれる。

ニヤニヤしながら最近気に入っているオフラインのネットゲームをプレイする。

今俺が操作しているのは自分で作った勇者キャラだ。

ヘッドホンで大音量でプレイしているのもあって完全に俺の意識はファンタジーの世界に入っていた。

俺を必要としてくれる。

例えそれがプログラムされたキャラクターだとしてもその事がたまらなく嬉しかった。


ーーーコンコンーーー

長い戦闘に勝利し、ヘッドホンを外し今だに勇者気分でベッドに倒れ込んで休んでいると不意に扉がノックされた。


瞬間身体が無意識にビクッと震える。

そして瞬時に体を起こし枕を盾のように構えながら危機が去るのを待つ。


「兄さん。起きてる?」

「...カナ?」

この日の第一声は

酷く掠れていた。来訪者が分かり安心したからか体から力が抜ける。

時計を見ると午後6時を回ったところだった。

いつの間にか時間が飛んでいたらしい。

警戒を解いてゆっくり慎重に扉を開ける。

目線を少し下げると一人の少女がやや俯きがちで立っていた。


雨月うづき奏多かなた。中3の妹。

長く伸ばした髪は二つに結えられ、学校指定の夏服にその身を包んでいた。

俺が唯一気を許している家族だ。


「どうした?お前が俺の部屋に来るなんて珍しい。」

「どうしたもこうしたもないでしよ?それとも何?部屋に来んなって言いたいの?」

ややきつい口調だがいつもの事なので特に不快感は感じない。

「いや、そうじゃないけど...」

「まあ、いいや。入ってもいい?ちょっと大事な話があるの。」

「なんだよ、改まって。」

「いいから。」

そう言うカナの顔は真剣そのものだ。

とても冗談でそう言っているようには思えない。

「...ん。」

何て言ったらいいのかが分からず俺はただそう言ってカナを部屋に通した。

「じゃあ、お邪魔しまーす...って相変わらず汚いわね…前に入ったときに2人がかりで大掃除したじゃない。...もう...ホント兄さんは...」

呆れた顔をするカナにそう言われうっと言葉を詰まらせる。

「わ、悪かったよ。今度ちゃんと片付けるって!そ、それで話って何?」

カナが今から片付けるなんて言い出さないうちにそう切り出す。

前に大掃除が行われた日は2時間以上もかかったのだ。

しかもカナが要らないと判断したものは容赦なく捨てられた。外に出られないので回収も出来なかったのだ。あの時の絶望感を思い出し身震いする。また俺のお宝を実の妹であるカナに発見され、冷たい目で見られな挙句捨てられてはたまったもんじゃない。


「ああ、そうね。」

どうやらひとまず掃除が行われる心配が無いことにホッと肩をなでおろし椅子に座る。


「兄さん。」

「な、なんだよ。」

いつになく真剣な顔をしたカナにじっと見られ思わず視線を逸らした。

な、なんだろ...まさか俺の知らないうちに俺のお宝の存在がバレたとか...?

あ、でもないか。俺基本ここにいるし。

じゃあ、いったい何が...?


「この家から出て行って。」

「...は?」


突如妹から告げられた言葉は俺が思っても見なかった事だった。

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