宣戦布告
まだ暗い道の中自転車を飛ばす。
ペダルを漕ぐ度に異常なまでにかいた汗が落ちた。
「...はっ......はっ...」
足はもうパンパンだ。だがそもそも漕がなければ進まないしいつまで経っても辿り着かないという結論に達しウンザリしながら必死に漕ぐ。
成峡高校。
天も通っているその学校は海の近くにある。
さすがに真隣というわけではないものの海が近い影響なのか時折道に頑張ってここまで歩いて来た蟹がいるのが見えた。
それを上手く避けながらなんとか目的地に辿り着く。
入口から正門までは50メートルほどの坂があり生徒達はここを登ってやっと正門に辿り着くことが出来るシステムらしい。
家が近いやつならともかく遠くから来たやつには地獄の坂だな。
額の汗を拭い坂の下の端のほうに自転車を止めた。
朝日が今ようやく登って来たようで家を出たときより辺りは明るい。
正門前をうろうろしながらこんな時間にこんな遠い場所に呼び出しやがった犯人を探す。
だが...
「......いない。」
わざわざ人を呼び出しておきながらいないって...
それだったら急いで来る必要なかったじゃないか。
「せーんぱぁい!」
どうしたものかと困っていると甘ったるい声が背後から聞こえた。
寒気を感じながら振り返る。
「こんな時間にぃ、お呼びしてしまってすいません。」
ジャージ姿で猫被りモードの比野守那由佳が降臨なさった。
「...いや......別にいいけど...」
というかその謝りの言葉も全然申し訳なさそうに聞こえない。
というか半ば脅されて来たようなもんだけど。
「でもなんでこの時間?」
呼び出すにしてもこんな日も登らないような時間に呼び出すことなかったのに。
「ああ、それはですねぇ...」
な、なんだろう。ドキドキ。
「朝の運動のついでです♪」
さーて、眠いし帰ろっかな。うん。それがいい。
「先輩。」
猫被りモードを一瞬解いて冷たい声で呼び止められ背を向けたままビクッと立ち止まる。
「...そ、それでなんの用?」
内心ビクビクしながらも平然を装いながら振り返る。
「いやぁ、先輩。あたしが前に言った『お願い』、無視ったじゃないですかぁ。」
お願い...?
「だからぁ、実力行使しようかなぁって。」
表情はあくまで笑顔だがそれが逆に恐ろしい。
お願いって...前に天に近づくな的なことを言ってたあれ?
いや、でも無理だって。そもそも同じ家に住んでるんだし。
「......ちなみに...実力行使って...具体的になにするつもり?」
「あたしこう見えても剣道してたんですよぉ。」
頭の中には比野守が竹刀を持ってブンブン振り回してる様子が思い浮かぶ。
なぜか真面目にやっている姿は思い浮かべられなかった。
「...それで?」
なんだろう、凄く嫌な予感がする。
「あたしと勝負しませんか?天さまを賭けて。」
その言い方に苛立ちを感じた。
「...天は景品でもなんでもないはずだけど。」
「ああ、先輩怖気付いちゃってます?」
「そうじゃない。」
いや、ないといったら嘘になるかもしれないけど。俺剣道したことないし。作法なんてものも知らない。
「なんでお前天と友達になるって選択肢を考えないの?」
「はあ?相変わらず先輩は脳みそがすっからかんですね。前に似たようなこと言いませんでしたっけ?天さまはあたし達とは別次元の人なんですよ。釣り合わないし、恐れ多いんです。第一天さまはあたしたちのことなんか視界にも入ってませんよ。クラスメイトとして、失礼のない程度には話したりはします。でもやっぱり天さまはあたしたちみたいな一般平民じゃない。もっと高みにいる存在なんです。」
相変わらず意味分からんことを...
天がこいつらのことを見てないんじゃない。
こいつらが天を勝手に遠くに見てるだけだ。
勝手に嫌煙しているだけだ。
なぜだか腹たたしい。
そこで俺の頭に1つの考えが浮かんだ。
「...その賭け乗ってもいい。お前が勝ったらお前の言う事を聞く。だけど、もし俺が勝ったら...」
「勝ったら?」
「天と友達になってくれ。」
「はあ?先輩あたしの話聞いてました?」
「聞いてたさ。だからだよ。お前が負けたら天を同等に見て。崇拝じゃない。普通の友達として。」
比野守は眉を顰めていたがやがて、
「ふぅん。面白いですねぇ。...いいですよ。その賭け、乗ってあげます。ま、どうせ勝つのはあたしですし。」
「そんなのやってみなきゃわからない。」
「...ッ!?ふ、ふーん!先輩は本当にバカですね。幼少時から剣道を続けていて中学の頃は全国でもトップクラスの実力だったあたしに勝とうだなんて!」
今何やらサラっとすごいこと言ってなかったか、こいつ。
「全国でトップクラス...?」
それってかなりすごいことなんじゃ...
正門の方にすたすたと歩き比野守は振り返って片方の手を腰に当てもう片方の手で俺を指さした。
「覚悟しててくださいね!」
そんな宣戦布告に俺は
「マジか...」
と大見得を切ってしまったことを若干後悔するのだった。
このやり取りを始めからずっと隠れてみていた存在に気づきもしないで。




