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車道

田んぼや畑が広がる道を窓越しに眺める。


ビュンビュンと過ぎ去るそれらの景色は一面が緑や茶色。

家もポツポツと建ってはいるがその何倍もの田んぼが辺りを占めている。

すごくのどかで心が落ち着く。だが一方で少し退屈で物足りなさも感じる。


あとから天に聞いたことだが市内にあるというショッピングモールへの移動時間はなんと2時間ほどだそうだ。

まさかそんなにかかるだなんて思っていなかったので移動中の暇つぶしのアイテムなんてものも持ってきていない。


だから二時間もの長い時間を俺は他の車のナンバープレートを見ながら「○○ナンバーか」とこことは違う地名を探したり、窓から映る景色をぼんやりと見ながら過ごしていた。


「昴くん。大丈夫?退屈じゃない?」

ふいに隣で運転している初花さんが声を出した。

「いえ、大丈夫です。」

本当のことを言うわけにもいかず建前を述べておく。


寝るという選択肢を取らなかったのはこの座席の位置が理由だ。

この車は最大で五人乗り。

運転席、助手席、そして後ろに三人座ることが出来る。

俺は助手席、そして天は後ろに座っている。

ちらりと後ろに視線をやると天が座ったままスヤスヤと寝息を立てていた。


天が眠る中で初花さん一人を残して俺も寝るのはなんだか気が引けたのだ。

もし天が起きていれば俺は夢の世界へ旅立つことをいとわなかっただろうに。

でもまあ、昨日の天の様子を見たからか天の睡眠を邪魔したくなかった。


「あの...初花さん。」

「んー?なにー?」

「あの、天っていつもどのくらい...勉強してるんですか?」

「勉強?あー...、んー...そうだなー。...私も何時までしてるのかは分からないんだよね。でも結構頑張ってるみたい。」

「どこか有名大学でも狙ってるんですかね?」

「さあ?」

さあ?って...

でも、今どきの高校生はそんなに話したりもしないか。受験時期ならともかく高1のときはな...


「多分なんだけど、私の行った大学に行こうとしてるんじゃないかしら?それか私が教えてた大学。」

「ああ、母親の学生時代の話を聞いて...とかですか?」


よくある話だ。

両親の学生時代の話を聞いて憧れを抱き自分もそんな学生時代を送りたいと思うだなんて。


「ああ、違うのよ。話したことないもの。だって恥ずかしいじゃない?自分が学生だったときの話だなんて。自分の自慢とか良いことを話すならまだいいけどそこから私の失敗談とか恥ずかしい話に発展したら嫌だし。」

「え...?じゃあどういう...」

「私って結構な有名大学に通っていたからね。それに自分が学生じゃなくて教員って立場で行っていた学校も結構な有名大学なのよ。だから...まあ、天から直接そうだって聞いたことはないんだけれど、たぶん私の...水無月初花の娘だからっていうのが大きいのかも。」


つまり結構な功績を上げている初花さんの娘として良い学校に行かないと初花さんに立てる顔がないという感じか。


その気持ちに押しつぶされて天は1年のこの時期からあんなに頑張りすぎている。

周りの評価に怯えている。


「まあ、本当のところは分からないけどね。私は天のしたいようにするのが一番だと思うし。この前天の部屋を掃除したときにいろいろな大学の赤本が何冊もあったからまだ絞ってはいないんじゃないかしら?」

「でもすごい...ですね。赤本なんてまだ習ってない範囲もあるんじゃないんですか?まだ一年の、それも一学期が終わったばかりだっていうのに...」

「学校で先生に質問してるみたい。たまに先生が心配して電話をかけてくるの。私は今は理科系の科目しか教えてあげられないからね。現役のときとは違って。私もあまり勉強しすぎるんじゃなくて学校の子と遊んだりしたほうがいいんじゃないって言うんだけどそう言ったらますます勉強するようになっちゃってねぇ。ま、勉強するのは悪いことじゃないからやるなだなんて言えないし...」

それって何か天にとって触れてはいけないところに触れたから天が意地を張っただけなんじゃ...


「だから昴くんが来てくれてよかったわ。」

「え...?」

話が飛び疑問を感じる。

なぜ突然そういうことになるんだろう。


「昴くんが来てくれて天はすごく笑うようになった。昼間にずっと閉じこもることもなくなったし。」

「でも...俺は何もしてないですし...それに初花さんは知ってるんですよね?俺が今までどうしていたか...なんでここに来たのかってこと...」


父親も母親も前々から初花さんと俺のことについて話をしていたらしいから俺の事情なんで当然話しているだろう。

初花さんは事情を知っだ上でこんな俺を受け入れてくれたのだ。

「知ってる。でも昴くんが来てくれて本当に良かったと思ってる。昴くんが来てくれたお陰であんなに毎日つまらなさそうにしていた天がすごく楽しそうなの。まさにウィンウィンってやつね。」

初めてかもしれない。

俺がここに来る前の天の話を聞くのは。


話を聞く限り今とは全然違う印象を受ける。

毎日笑顔の楽しそうな天。それが俺が来る前は違っていた...だなんて。


俺が半ば追い出されるような形でここに来たことで俺の心が救われたんじゃない。

天もまた俺が来たことで救われたのかもしれない。

どこにも居場所がなく誰にも必要とされなかった俺が誰かの救いになれた。

本当にそうなのかは天のみぞ知るところではあるけれど、もし本当にそうだとしたら...


もう一度後ろを見る。

相変わらず天は幸せそうな顔でスヤスヤと寝息を立てていた。

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