月の陰
懐かしい夢を見た。
布団に入ったままカーテンの隙間から外を見る。
まだ夜は明けていないようで住宅地は夕闇に包まれていた。
そこでようやく部屋の壁にかけられた時計を見ると針は午前二時を指していた。
まだ布団に入って二時間しか経っていない。
なんでこんな中途半端な時間に目が覚めてしまったのか。
どうせなら朝までそのまま寝ていたかった。
目を瞑って二度寝を試みても一向に眠気は訪れない。
俺は中途半端に目が覚めたら再び寝付くことがなかなか出来ないのだ。
いつもこうなった日には諦めて起きてしまうか寝れなくても布団に包まって朝まで目を閉じて時間が経つのを待つ。
昔まだ学校に行っていたときに当時の担任教師が言っていたことを思い出す。
寝付けなくても目を閉じて横になるだけで疲れは取れるそうだ。
この年になっても今だにその教えを守るのはどうかと思うが。
まあ、その担任教師に俺がすっかり懐いていたというのが一番の理由かもしれないがまたそれは別の話。
だが、再び寝る前に水でも飲もうと布団から起き上がる。
静かな廊下に出てふと隣の天の部屋を見るとなぜか閉じられた扉の隙間から明かりが漏れていた。
「...?」
まだ起きているのか、それとも寝落ちでもしたのか。
まあ、いい。
今はカラカラな喉を潤すことが最優先だ。
だが、一度気になってしまったらもうどうしようもなくなるのは確かで。
水を飲んで再び部屋に戻る途中再び天の部屋を見たところでもう我慢出来なくなった。
人間、好奇心には抗えないのだ。
一度気になってしまったことは究明しないと満足出来ない。
寝落ちしたのならそのままじゃいけないよな。
うん、夏だからってそのままだと風邪を引いてしまうかもしれないし。
勝手に部屋に入るのはどうも気が引けるがこれは仕方ないことなのだ。
うん、仕方ない仕方ない。
自分の中でしっかりと言い訳をして、自分を納得させてからその部屋に近づく。
決してやましいことはないのに俺は静かに扉を少し開けそこから中の様子を伺う。
結論から言うと天は起きていた。
ここからだと角度的に表情までは見えないが机に向かって座り大学受験対策で使うような赤本や参考書など明らかに学校の教科書ではない本を開いて一心不乱にシャープペンシルを動かしていた。
いつもの明るく能天気な雰囲気とは打って変わったその姿を見て俺の脳は一瞬にしてフリーズした。
決していつもは下ろしている髪を今は邪魔にならないようにか頭の上の方で団子状にまとめ、普段はしていない眼鏡をかけている天に見とれたとかそういうことではない。
なんで高校一年の天が受験勉強をとかなんでこんな時間にとかそういう疑問点も今はそこまで重要ではなくて...
ただ遠く見えた。
いつもすぐ側にいて、隣にいた天が俺の知らないところで努力していて、頑張っていて...
なんだか天がどんどん遠くに行ってしまいそうな感じがして。
なんだろう。
この胸にあるモヤモヤしたものは。
感じたことがない...この気持ちは...
その正体が分からないまま俺はしばらく天の姿を見続けた。