我が家の神さま
カップラーメン。
それはお湯を注いで数分でお手軽に作れ、さらにとても美味しい食べ物。その美味しさとお手軽さで広く親しまれており、俺もこれまでよくお世話になってきたもんだ。
そのカップラーメンが今俺の前に置かれている。
俺はというとキッチンのすぐ側に置かれたダイニングテーブルについていた。
誰に言われたわけでもないのに椅子の上で正座をした状態で。
ちらりと俺の前にまだ封を開けてもいないカップラーメンを置いた張本人を見る。
「ふんっ!」
ぷいっと顔を逸らされた。
口では怒っていないと言っていても絶賛お怒り中のようだ。
「あのー...天さん?」
「はい、なんでしょうか。」
敬語で天が応じる。
「そろそろ機嫌なおしてもらえませんかね?」
「あらあら、いったい何のことかしら?私はこの上なくご機嫌ですよ?」
絶対嘘だ。
キャラ崩壊起こしてるし、いつもと口調も違うし。
「だから、何度も説明してるだろ。あれは天の勘違いで...」
「あー、はいはい。わかってますよー。すごく、この上なく、理解してます。だいたい、なんで昴が比野守さんと仲良くしてたからって私が怒らないといけないの。付き合ってるカップル同士じゃあるまいし。」
まあ、そう言われればそうなるんだけど...
気まずい。
勘違いでこうなってるとはいえ。
今この家にいるのは俺と天の二人だけ。初花さんは用事のため不在だ。
とりあえず話題を変えなくては。
「ま、まあ、ほら、腹減ったし飯にしようぜ?な?」
「...」
無視ですか。
「天ぁ?天さーん?」
そこで天のお腹が「ぐぅ」と可愛らしくオトを立てた。
恥ずかしそうに視線を逸らし、小さな声で言った。
怒っているのか恥ずかしがっているのかは分からないが体を小さく震わせて。
「...カップ麺...」
「あ、ああ、それがどうした?」
天が出したからてっきり夕飯はカップ麺だと思っていたが...
というか、天は普通に自分できちんとした食事を用意して俺だけがカップ麺を食べるなんてことも覚悟していたのだが。
「...カップ麺...一個しかない。」
「マジか。」
その言葉はとても『自分は他のものを食べるから最後の一個のカップ麺を食べれば?』という意味には聞こえない。
いつも同じものを食べるから別々の食事を取るということに抵抗があるのだろうか。
「一応聞くけど昴、料理出来る?」
「一応って...まあ、簡単なものなら出来るぞ。」
なんたって引きこもり時代は自分で食べるものは自分で用意してたのだ。両親は仕事で家に帰ってくるのは遅かったし、妹のカナは料理が出来ない。
両親が居なかったら俺は部屋の外に出ることが出来たから自分の分とカナの分は俺が作っていたのだ。
「へぇ...そうなんだ。昴、料理出来るんだ。」
「な、なんだよ。」
じっと見てくる天を見て嫌な予感がした。
「昴、ご飯作って。」
「は、はあ?なんで?」
「なんでって...そりゃあ...ねぇ...」
モジモジして天が赤くなった顔を俯かせる。
「なんだよ?」
「う...なんだって言われても...」
そんなに言いたくないのか?
いったいどんなカミングアウトをする気なんだ、こいつは...
言いたくなさそうに視線をそらし続けるそらし続ける天を俺は目を逸らさずじっと見続けた。
「うっ...うぅぅ...」
しばらく見続けているとやがて観念したのか天はゆっくりと口を開いた。
「りょ...」
「りょ?」
「料理出来なくて悪いかぁぁぁっ!!」
なぜか突然天はキレた。
いきなり大声を出されたからか耳がキーンとなる。
「料理出来ないんじゃないんだよ!?今まで料理をする機会がなかったからやったことないだけで!出来ないわけじゃないんだからぁ!」
なぜか聞いたわけでもないのに言い訳をしだした天を見てある考えが俺の中で浮かぶ。
丁度いい。理不尽に怒られていたお返しってことで。
俺は笑みを浮べ
「ほほう?そうなんだぁ。じゃあ、やろうと思えば出来るってこと?」
「と、当然!」
「今すぐやれって言っても?」
「出来るに決まってるでしょ!?」
かかった。
「それじゃ、作ってもらおうか。今すぐに。」
「は、はあ?本当に言ってるの?私自慢じゃないけど料理なんてほとんどやったことないんだけど」
「ほとんどってことは少しはやったことあるんだろ?」
「まあ、それはそうだけど。昴が一人で作った方がいいんじゃないの?なんで私が...」
「それは...」
過去の記憶が蘇る。といってもここに来る前のことではあるが。
物音一つしない家の中。
聞こえるのは俺が料理する時に鳴る音だけ。
一人で食卓につき『いただきます』と言い、アニメを見ながら静かに食事をし、『ごちそうさま』と言い片付けをする。
毎日、毎日、毎日...繰り返される。
いつからか一人でそうするのが嫌になった。
自分のために自分でそうするのが嫌になった。
頭を振り嫌な思考を止める。
そして不自然に思われないように笑みを浮かべた。
「いいから。ほら、せっかくだし天も料理は出来てたほうがいいだろ?教えてやるから。」
「そんなにいうならいいけど。せっかくだし。でも言っとくけど私本当に出来ないからね?後で後悔しても知らないからね?」
「後悔なんてしないよ。天が一緒に作ってくれるってことが嬉しいから。」
「なっ!ば、ばっかみたい。調子いいこと言っちゃってさあ!」
顔を赤くして天は台所の方に向かった。
『天さまを崇め、奉り、見守るために生きてるわ!』
同級生の子に神さまのような扱いを受けているということの異常さ。
比野守はファンクラブなんて言っていたけど、俺のときのようにいじめを受けているという可能性も捨てきれない。
俺の場合は最悪のところまで行ったし...
やはり天に探りを入れる必要があるな。
いとこだからって理由もあるにはあるけど。
でもやはり...
もう誰かが理不尽ないじめに遭うのを見過ごせない。