コミュ障脱却への道は遠いようで
「あちぃ...」
自室の布団に倒れ込みながら額の汗を拭う。
窓は開けているが入ってくるのはムシムシとした空気。
さすがに居候の身であるのでさすがに長時間冷房を付けるわけにもいかず俺は暑さと闘っていた。
だが、さすがに我慢の限界に達し体を起こす。
汗で体が濡れTシャツもピッタリと肌に張り付いていて気持ちが悪い。
「...シャワーでも浴びるか。」
着替えの服を準備し一階に降りる。
初花さんは用事があると言って早いうちから出掛けている。
天も静かだから今は自室にいるのだろうか。
風呂場につき扉を開ける。
だが、俺はこのときもっと気を配るべきだったのだ。
あまりの暑さで頭がボーッとしていてそこまで気を配る余裕がなかった。
まさか...
「き、き、き...」
目の前にいるのは髪から瑞を滴らせ、赤い顔で目を釣り上げている天。
風呂場での遭遇イベント。
ギャルゲー等ではもはや定番と言えるほどの展開。
まさかそれを現実で体験することになろうとは...
天はいきなり扉を開けられてまだ思考が追いついていないのか口をパクパクとしている。
悲鳴を上げる数秒前。
こういうときはどうすればいいのか、素直に謝る?それとも感想を述べればいいのだろうか。
頭の中で今までプレイしてきたギャルゲーで主人公が取っていた行動パターンが浮かんでは消えた。
結局俺が選んだ選択肢は.........
「ご、ごちそうさまでしたぁ!」
早口にそう言って扉を勢いよく閉める。
「なっ...!ちょ...ちょっと!?」
そして手に持っていた着替えはその辺に放り玄関に向かってダッシュ。
そのまま外に飛びだして駆けた。
※
「さすがに『ごちそうさまでした』はなかったよなぁ...」
10分後。
家から少し離れた公園のベンチに座りガックリと項垂れる俺。
絶賛自己嫌悪中だ。
「いや、『ごちそうさま』って...。セクハラかっての!しかもテンパリすぎてそのまま弁解も謝りもせず飛び出してくるとか。ますます帰りづらくなったし...」
まあ、自業自得ではあるんだけど。
とにかくしばらくは家に帰れない。
こういうときは早めに謝るのがいるんだけどさすがにテンパってたとはいえあんなセクハラ紛いの発言をして家を飛び出してしまった手前、すぐにそれを実行するのは憚られる。
「ギャルゲーの主人公みたいにもっとコミュ力持ってたら...あんな選択肢選ばなかったのにな...」
言ってから自分で『今のは恥ずかしい台詞だったな』と思った。
よかった。誰にも聞かれてなくて聞かれてなくて...
「さすがに今の発言はキモくないですか?」
「いやー、そうだよな...だから今のは誰かに聞かれてたら死にたくなるレベルで...」
そこまで言って違和感を覚える。
公園には誰もいなかったはず。
そりゃ、そうだ。
だってまだ多くの学校は絶賛運営中なんだから。
こんな昼間に公園を彷徨いている人なんて俺みたいに学校に行ってない奴か、それとも天みたいに...
勢いよく声の聞こえた方を振り向く。
だが、そこには誰もいなかった。
聞き間違い?
それとも...まさか『あれ』だろうか。夏に人気の、いるだけで涼しくなるような...
ぶるりと体が震える。
ま、まさかな!こんな昼間に出るわけ...
「せーんぱい♪」
「うわぁぁぁっ!?」
突然背後から抱きつかれ耳元で聞こえた猫なで声に背筋が凍り勢いよくベンチから立ち上がり振り向く。
そこには...
「もう、そんなに驚かなくてもいいじゃないですかぁ。」
この間会ったばかりの一つ下の後輩、比野守那由佳が立っていた。