プロローグ
本作は、夢野久作著『ドグラ・マグラ』の二次創作である。よって、『ドグラ・マグラ』を読んだことがある人にもない人にも、いくつか読み進められる前にご了承頂かねばならないことがある。
まず、『ドグラ・マグラ』未読の方には、この二次創作を読むことは『ドグラ・マグラ』のストーリーの概要を知ることと同義にもなると、予めお伝えしなければならない。すなわち、これから『ドグラ・マグラ』を自分で読みたい、読むことがあるかもしれないと思うのであれば、本作は完全な「ネタバレ」になるわけであるから、まだ読まない方が良いと著者は考える。この先『ドグラ・マグラ』を自分で読むか読まないかによらず、内容をここで知ってしまっても構わないとか、むしろここで概要を知っておきたいと思うのであれば、読み進めて頂いても良いかもしれない。何故なら著者は、『ドグラ・マグラ』という作品に興味があるものの、自分で通読することを諦めた人や、読んではみたもののよく理解できなかった点があるというような人に、物語のあらましを伝えるために、この作品を書こうと思ったという経緯もあるからだ。勿論それだけが動機ではないが、要約を要約文として書くよりも要約として読める創作小説の方が面白く読めると思ったのだ。よって、視点を変えてみれば、原作未読だからといって「先に原作の方を読んで来なければ、この二次創作に触れることは許さん」という話には全くならないというのも事実だ。むしろ原作を読んでいないけれども興味があるという人にこそ、この二次創作を「入門編」として使ってもらい、これを読破した後で、ではいよいよ本作の精読をしてみよう、というふうになるなら、書いた甲斐もあるというもの。しかし『ドグラ・マグラ』という作品には、事件の真相を解明していく探偵小説(ミステリー)のような要素があるので、その謎解き部分をバラされるのが嫌な人は、先に原作を読んで楽しんで欲しいと思う。
一方、『ドグラ・マグラ』を既読の方にも、予めお伝えしたいことがある。(二次創作における一般論でもあるが)この二次創作が、「あなたの中の『ドグラ・マグラ』の世界」との間で整合性の取れるものである保証は出来ないということだ。だから、自分の中の『ドグラ・マグラ』の印象が変わるのが嫌なのであれば、読み進まない方が良いと思う。誰もが、自分自身の読書体験を自分だけのものにして大切に持っておく権利がある。その読書体験を、自分独自のものにしておくために、この二次創作に触れない方が良い場合も少なくなかろう。だが、それは読んだ後にならないとわからないことなので、可能性しか示唆出来ない。いずれにせよ、あなたにとって、『ドグラ・マグラ』という作品が思い入れの強い物であればあるほど、この二次創作によってその思い入れを汚されるようなことはない方が良い。だから、そういった方はここより先へ進まないことがお互いのためになるであろう。
本作は(迷った末に)態々無理して夢野久作の文体を真似るよりも、読みやすく平易な文章で書くことを選択した。通読を諦めた未読者にとってはとっつきやすいが、時代考証の上で齟齬が出ることもあるかもしれないし、また既読者にとって耐え難い違和感になる虞もあるわけだ。難しい選択であったが、読者の寛大なご理解を賜りたいと思う。
河川敷には、少しばかり強い風が吹いていた。その日、市の警察関係者と新聞記者らを集めて、若林博士はしばらくの間、口を噤んでそこに立っていた。記者は手帖とペンを手に、若林博士から少し距離を置いて向かい合いに立ち、博士の様子を窺うのだった。若林博士のことだから、あの事件について、何か確からしいことや専門家ならではの分析を語ってくれるものと期待して。また、その確からしい話にどのような小さなヒレをつけて記事に書こうか、まだ何の話も聞かない内から想像力の羽根をはばたかせていた。警察関係者の方はというと、若林博士の左の方から、博士と記者両方を見るようにして立ち、神妙な面持ちでやはり若林博士が口を開くのを待っていたが、記者らに比べると憮然としているようにも見える。ただそれは、記者の方が不必要にその胸中の期待を表情に表しているからかもしれなかった。警察関係者は単に、職務に対して忠実であろうと真面目くさった顔をしているだけかもしれなかった。若林博士は、そのいくつもの視線に晒されながら少しばかり噎せた。
「失礼。……少々、お聞き苦しくしまして……」
若林博士が噎せながら言うと、記者がひとりつられて咳払いをした。河川敷の叢を風が撫でていく音がした。博士は手に持っていた風呂敷包みを、軽く咳き込みながらゆっくりと開きかけた。記者の視線が博士の手元に集中した。博士は風呂敷包みの結び目を一段階解いて、すぐにも中を取り出せるようにしたが、取り出しはせずに息を落ち着かせると、漸く記者の方に向かって話し始めた。
「……皆様が既にご想像の通りに、姪の浜で起きました一連の怪事件につきましては、私の方から警察関係者に全ての調査内容の引き継ぎを完了致しました。ですから今日ここでお話出来ることは、飽く迄“私がここでお話出来ること”に留まりますが、そうは言いましてもこれからお見せすることは、姪の浜に伝わる伝承と例の怪事件とに、同時にひとつのピリオドを打つことであると言えるでしょう。これは、皆様方にとってのみならず、地域の人々にとっても一つの転換となる筈で御座います。そのための取材とお考え頂ければ、これから提示する情報の価値というものが自ずと理解されるでしょう」
記者たちは、どうにも話の要点が掴めない様子で眉間に皺を寄せたり、目をしたばたたかせながら顔を見合わせたりしたが、彼らの知る若林博士の口調はもとよりこういったものだったので、驚いた者はいなかった。ただ、話を聞かされるというよりも、何かを見せられるのであるということについて、それは一体何なのかといった疑問がすぐに彼らの脳裏に浮かんだのであった。聞かされることよりも、見せられるものが情報としての価値を持つ。そしてそれは地域の者にとって意義がある“転換”であると言うのだ。また博士が手に持っている風呂敷包みの中に“それ”があることは明らかだ。記者たちは、若林博士の顔と手元に交互に目をやりながら、次の言葉を待った。
博士は、その異様なほどに白く細長い顔に凹んで収まっているやたらに青白く濁った虚ろな目で、記者たちを見るともなしに見回した。その身長は、河川敷に集まった者たちの中で飛び抜けて高く、また細かったため、今日の風に服がなびくと博士そのものがふわりと浮き上がって、空へ舞い上がり一反木綿のようにどこへともなく飛び去ってしまうかのように思われた。そのくらい全体の印象は白く、細く、薄い大男であったが、どこかその濁った瞳の中には、縦令彼が風で空に吹き飛ばされようとも消えるとは思えない強い一筋の光が灯されているようにも見えた。その瞳に灯された光に、信頼を感じられる者もいれば、どこか人を騙そうと企んでいるような胡散臭さを感じる者もいたであろう。博士は記者を見回した後で決心でもしたように風呂敷包みに目を落とすと、本当は話したくないことを嫌々言わされるかのように再び口を開いた。
「如月寺と“呪われた巻物”の噂を、姪の浜ないしは福岡に古くから住む皆様の内何人かは聞き及んだことがあると推測しますが……」
そう言うと博士は、もう一度ちらっと目を上げて記者たちの表情を窺った。30代くらいの若い記者が一人、ペンを持ったままの右手を軽く掲げた。博士は、知っている者に挙手をしてもらう心算ではなかったため、まるで菩薩の様に右手の掌をその記者の方に軽く向けながらジェスチャーし、挙げた手を下ろすように、と無言で伝えた。他の記者たちも挙手こそしなかったものの、その話なら当然知っているというように頷いたり、神妙な顔つきになったりして、それとなく若林博士に話の続きを促すような態度をとってみせた。
「時は遡ること、玄宗皇帝の時代、中国のお話になります。呉青秀という名の大層絵心の有る若者が、天子様(玄宗皇帝)に献上するために文字通り命を賭けた絵巻物を作る決心をしたので御座います。なれども、呉青秀が賭したのはその身命(自分自身の命)にはあらず、奥方である黛夫人のお命で御座いました。……彼は、黛夫人に、自分が生涯をかけて描くべき素晴らしき絵巻物のための死体になってくれと請願したのです。そして黛夫人の方でもそれをお引き受けになって、呉青秀は死体となって朽ちていく奥方様のお姿を描き、一巻きの巻物にする一大作業に取り掛かりました。しかし、腐乱死体も最終的には白骨化し、それ以後はほぼ変化を見られない代物になってしまう。まして、黛夫人の保存環境の影響か、白骨化は予想よりも早く訪れてしまいました……。そうと見るや呉青秀は、死んだばかりの美人が徐々に朽ちていくという、変わりゆく様こそを、もう一度観察し絵巻物を完成させたいと考えました。彼は死美人の醜く移りゆく姿の中に、儚さや美の哲学を見出したのです。そこで、彼は死んだばかりの女性を墓から掘り返したり、見知らぬ女性を自ら手にかけては腐乱させようとするなどし、それを観察しては、巻物を描く作業に烈しく執着しました。……最後の犠牲者となりかけたのは、黛夫人の生き写しである夫人の妹、つまり義理の妹にあたる芬子嬢だったので御座います。芬子嬢は呉青秀夫妻が巻物制作のために誰にも告げずに家を後にしてから、自ら望んで姉の姿に自分を似せて呉青秀の家に暮らしており、姉夫婦の帰りか何かの報せや噂を待ちました。行方を晦ましていた呉青秀が、殺人の罪で追われ追われて元の自宅に逃げ戻ると芬子嬢が飛び出してきて、姉殺しの訳を聞くので御座います。そして呉青秀の芸術に対する情熱と天子様への忠誠心に感激して自分がその死体になるから序に妾も殺して頂戴と言うのです……。しかし、肝心なことを呉青秀は知りませんでした。芬子嬢が言うには、彼が黛夫人と行方を晦まして、その死体の図を巻物に収めている間に、それを献上すべき相手、つまり皇帝も楊貴妃様も殺されたのだと……。それを聞いた呉青秀は茫然自失となって、もはや口も利けない状態になってしまったのであります。またそれを見た芬子嬢は、呉青秀が持っていた姉の形見である宝石類などを売り払って例の死美人像の描かれた巻物を懐に仕舞い込むと、呉青秀の手を引いて船に乗り漂白していたところを日本近海で渤海使に助けられて日本へ渡ってきた、と……。そういう言い伝えが御座いまして、これがその芬子嬢に携えられて日本に渡ってきた巻物とされているので御座います」
若林博士は、そう言い終わるか終わらないかのうちに風呂敷包みの最後の結び目を解いて、美しい刺繍の施された巻物を取り出した。
「そして、この巻物は、芬子嬢と呉青秀の間に生まれた子の子孫にあたる男子が見ると、“発狂”してその心を呉青秀に乗っ取られたようになり、死美人を探して墓を荒らしたり若い女性を殺して蔵に安置してはその姿を巻物に描きつけるようになる、そういう呪いの力がある巻物であるという噂が立ちました」
先程挙手をした若い記者が再び手を揚げて訊いた。
「それは……本当に噂にすぎないのでしょうか。博士はその“呪い”の信憑性をどう考えているのですか? 話の流れから考えるに、“例の事件”とその巻物との間に密接な関係があるように思えます。つまり、呉一郎青年が、その……呉青秀の子孫で、巻物を見て実際に発狂した、ということではないのでしょうか……。だとしたら、噂どころか、巻物の呪いは本物であるということになります。姪の浜の住民で“如月寺には曰く付きの巻物が奉納されている”という噂話を知っている者は決して少なくありません。また如月寺は実際呉家と密接ですし……博士が当然御存知の通り、呉一郎は自分の母と、従姉妹である婚約者モヨ子を殺しているんですよ? 今博士のお話下さった噂通りのことを一郎青年はやってのけたんです。モヨ子の母、つまり一郎青年の母の姉にあたる、叔母の呉八代子だって、大怪我を負わされているし……。一郎青年がその巻物を見たという証拠や、因果関係について博士はどの程度調べて、どのように考えていらっしゃるのですか? もう噂ではなく、事実そういう巻物なのでは……」
「いえ、重要なのはこの巻物に本当にそのような力があるかどうかではないので御座います……。確かに、この巻物にその力が備わっているとすれば、呉家に男子が生まれいづる度に、事情を知る一族の者は肝を冷やしたしたものでしょう。また……一郎青年がこれを見たとすれば、彼が自分で自分に動機を認められないまま凶行に及んだ理由も、不可解なことではありますけれど説明がつくものであります。しかし、この巻物は、“灰となって”奉納されていた筈のものなのです」
「しかし、どう見ても灰ではないな、コリャ。ハハ!」
咥え煙草で話を聞いていた50代の記者が皮肉るような口調で口を挟んだ。
「……さよう。言い伝えに続きが御座いまして……日本に渡ってきた芬子嬢と呉青秀の子孫に当たる女性六美女が、一族の背負った運命、すなわち男子が生まれれば巻物を見て発狂し家族を殺してしまうために、まともな男性は呉家の女性を娶ってくれようとはせず、血も絶えようとしているという現状、そしてその将来を儚んで投身自殺を図ろうとしました。その際、偶その場面に出くわした虹汀という名の僧が彼女に自殺を踏みとどまらせ、巻物は読経の後に焼いて灰にしてから如月寺に隠して祀り、その存在を固く口止めした、という次第に御座います……。これによって呉家の血は途絶えることなく今に続いたということに相成ります。然れどもはるか以前より、その巻物が焼かれたという話は虹汀による虚偽の証言であるという可能性について、私と正木博士は考えておりました」
ここで再び、若い記者が軽く手を挙げながら口を挟んだ。
「正木博士というのは、自殺した正木敬之教授のことですよね?」
「その通りで。御存知の通り、正木先生は、一郎青年が母・従姉妹殺しを行った後、ご自身の管理する治療場にて一郎青年を保護・観察しておりました。その手筈が事件後上手い具合にトントンと進んだのも、矢張り正木先生がかねてより呉家と巻物のことを調べ、一郎青年にもしものことがあれば自分が治療をしなければならなくなるだろうと、予測を立てていたからこそであります。そして……ここのところは私はハッキリとしたことを申し上げられないのですが……一郎青年が巻物を見たのか見ていないのか、とどのつまり私はその現場を見ていないのでわからないということですけれども……いずれにしましても一郎青年が、呉家の男子に何度も見られた“あの発作”を起こしまして実際の治療が始まったわけで御座います。それに伴い、同じ九大の法医学部長である私が治療のお手伝いをすることになった、という次第です。
さて、先程も申しました通り、私はお話出来ることをお話しておりますが、情報としての価値はこれからお見せするものの方にあるので御座います……」
「つまりその、ホントは焼かれてなかったっちゅー巻物のことだな?」
咥え煙草の記者が言った。
「えぇ、さようで御座いますが、巻物そのものをお見せすることは目的では御座いませんで、本日は皆様方に、此れの焼却処分の立会人になって頂きたく、お集まり頂いた次第なので御座います……」
「エッ……今ここで焼くのですか!?」
若い記者が驚いた様子で思わず声をあげた。
「はい。そのために、河川敷という場所を選びました……。この巻物に、真にそのような“力”があるかどうかではなく、この巻物が“曰く付き”であるということが重要であると考えますゆえ、皆様御立会の元で、今ここで焼却処分致しまして、そういった巻物が嘗て在ったが今はもう無いのだということをその目に焼き付けて、証言して頂く。そうしますれば、仮に、まだ治療を続けている呉一郎青年が追々退院されて、社会復帰されるということになった時に、“曰く”から少しでも解放されているであろうという考えで御座います。巻物が現存している以上、本当に“呪い”というものがあろうがなかろうが、“曰く”が呉家の皆様を今後も長く苦しめ続けると考えます。虹汀が何故、焼くと言っておきながら実際は焼却を躊躇ったのか、その真意というのは判りかねますけれども、正木先生から後のことを任された身として、この巻物の処分とこれに纏わる噂をこの地域から少しでも取り除くというのは、私が果たすべき使命であるように思います。皆様、呉一郎青年の治療後のことまで考えますと、そういうことになりますまいか……もし、呉一族の血が彼の代で絶えたとしても、で御座います……」
記者たちはこの問いに即答することは敵わなかった。しかし、法医学部長であり、当の呉一郎青年の現担当医でもあり、正木教授から治療場を任された若林博士がそう判断するのだから、強く反対する理由もないように思える。それに、こういった噂そのものは、新聞記事のトップには載せられないまでも、人々の注目は集められる。呉一郎による母・従姉妹殺しや、治療場での無差別殺人、並びにその翌日起こった担当医正木教授の入水自殺については、つい最近まで人々の話題のタネであった。深く関わりがありそうに見えるいくつもの事件が、点と点の状態で線に繋がらない。その謎深さが人々の心を惹きつけ、推理に駆り立てた。けれど人々にはどうしても、それを結びつけるための材料が欠けていた。だが今、この“呪いの巻物”が、それを線にしてくれるように思えた。正木教授の自殺の動機だけがまだ点のままポツリと浮いてはいるが、少なくとも呉一郎による凶行は、巻物の呪いによるものだと言えば、ひとまずこれで部数が稼げるに違いない。それからまた日を置いて、巻物の焼却処分の件に併せてその巻物に翻弄された呉一郎青年のお涙頂戴物語を軽くでっち上げて記事にすれば二度美味しいのではないか。だから記者たちには、「巻物を焼いてしまうなんてとんでもない」と反駁するような理由は見当たらないのだった。何しろ、巻物の存在自体が眉唾ものだったので、現物が出てきたとあれば記事にするには十分だ。また、ここで焼却しないで、話を引っ張るほどのものでもないように思えた。何故なら巻物の呪いは(それが現に存在するとしても)呉家の血を引いていない者には無関係であるようだし、最後の生き残りである呉一郎はどんな状態かはわからないが、未だ入院中。下手すればそのままこの世を去るかもしれない。そうなれば、巻物が残っていてもいなくても“呪い”の点では同じことだ、とひとまずは考えた。
「美術的価値ってのは、どんなもんかいね? センセイはその中身、見たんだろう? 売るとか、見世物にするとかじゃダメなんかい」
相変わらず退屈そうな表情で咥え煙草をふかしながら、記者が訊いた。要は、焼却しないで美術館や資料館のようなところにでも寄贈して保管してもらうなり、展示してもらうなりということは出来ないのか、それでは不適切なのか、ということであろう。
「私は……確かに中を見ましたが、実に独特且つ精緻な筆跡と色彩でして、見る者の目を奪う出来であると思います。ただ、実際にあのような事件が起きております以上は、そう簡単に公開できますまい。それに、死美人像など……見て楽しむ娯楽としても些か悪趣味すぎるように、思うのですが……。また、これを見て愉しむ者がいる一方で、矢張り呉家は辛かろうと思うのです」
若林博士はそう言うと、用意していたブリキのバケツの中に巻物と枯れ葉などを入れ、早速手持ちの紙にライターで火をつけると、バケツの中に投じた。そして、火が行き渡って、よく燃えるように風を送ったり、時折突いたりしながら噎せていた。
「おやおや、随分思い切りがいいね。俺も一度ァ見てみたかったな。なァ!?」
咥え煙草の記者が巫山戯て周りの記者に言ったが、何人かが小さく愛想笑いで「ハハ」と返しただけで、大抵は複雑な表情をしていた。精緻な筆跡で書かれた死美人というものをそれぞれに想像しながら、半分は恐ろしいと思いつつも、もう半分の心ではなぜか興味がそそられる自分を、またもう一方の心で客観視して、そういった葛藤と戦いつつ何かに引きずり込まれないよう正気を保とうとするようであった。よくよく考えてみれば、ある血族のみが発狂すると言ったって、それはこの千年もの間、その一族の男子しか当の巻物をまともに見たことがなかったからであって、他の家の者だって、もし見たらどうなるか現時点で誰にもわからないだけではないだろうか。「一度は見てみたい」なんて、気軽にそうは思えない。そう他の記者たちは思いながら、バケツの中で焔が躍るのを見ていた。