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五話 彼はリア充イケメン主人公君の名前を憶えていないようです

 修練を始めて二週間経った頃、王城の広い庭で、悠木は非番の兵士達を相手に自主練をしていた。

 相手は木剣、悠木は練習用の旋根(トンファー)である。


「いくぜ! 悠木!」


「おう、来いよジズ!」


 悠木の相手をしている、ジズと呼ばれた若い兵士は最近知り合い、意気投合した友人である。

 悠木が倒したスパイを捕縛した兵士の内の一人で、それから友人となったのだ。

 今では非番の時には同じ非番の兵士達数人で悠木の部屋に入り浸る位の間柄になっていた。

 二人の周囲では悠木の友人となった同年代の兵士達が二人の稽古を見ていた。


「おおおおぉぉぉぉぉぉ!」


 気合の叫び声と共に、ジズが振り下ろしてきた木剣を、片腕に握った旋根で受け止める。

 そしてもう一方に握った旋根を勢いよく繰り出した。


「――ぅおっと!」


 それを慌てて受け止めたジズはいったん距離を取ろうと後退するが、それ以上の速度で悠木は肉薄する。

 悠木の繰り出す旋根を避けるのに集中していたジズに、周囲から野次が飛ぶ。

 そのどれもが馬鹿にするような感じではなく、親しい友人に対しての弄る様な声音だ。

 実際、悠木とジズの間に緊張感など無く、互いに楽しむような感じであった。


「ビビってんのかーおい!」」


「逃げんなよジズー!」


「ちっとは兵士としての根性見せてやれって!」


「いや、無理言うなよ!」


 そう返しながらも、ジズは木剣を構え直し、悠木に打ち込んでいく。


「それっ!」


 木剣の軌道は斜め。

 それを悠木は旋根を鎌の様に構え直し、木剣を引っ掛ける様にしてジズの手から弾いた。

 弾かれた剣が固い音を立てて転がって行く。

 旋根トンファーは一見シンプルに見えるが、『打つ』、『突く』、『払う』、『絡める』等変幻自在な戦い方の出来る武器だ。

 悠木にとっても、剣や槍よりも扱いやすい武器であった。


「――悠木の勝ち!」


 審判をしていた兵士の声に、二人は肩の力を抜く。


「やっぱ強えなぁ……悠木は」


 座り込み、大きく溜息を吐いたジズに、悠木は苦笑いを返す。

 悠木がそれなりに動けるのは曲がりなりにも最近の修練と、日本にいたときに不良などに絡まれた為に『喧嘩慣れ』している故である。


「じゃ、次は複数人相手でやってみろよ!」


「よし、やってやる」


 そんな兵士の一人の言葉に、悠木は自信満々に返した。

 悠木の言葉に、周りの兵士達も楽しそうに「お、言いやがったな!」やら、「泣くんじゃねぇぞ!」と騒ぎながら、各々の武器を取り出して混じっていく。

 青い空に、木の打つ合う音と、笑い声が響いていた。





 兵士達が去り、草の上に寝転んだ悠木は、空を流れる雲を見ていた。

 日本にいたときは感じた排気による息苦しさや、アスファルトに反射して感じるジメジメとした熱気もない。

 少し冷たい穏やかな風と、草木の揺れる音が、とても心地よかった。

 悠木は眼を瞑る。

 此の儘寝てしまいそうな位の天気であった。


「……そんなところで何をしているんだい?」


 ふと、声を掛けられた。

 悠木が眼を開けると、そこにいたのは――


「なんだ。原口君か」


 チラリと見て、投げやりな態度で言った悠木に、


「いや、俺はそんな苗字じゃないんだけど……渡瀬。渡瀬祐一だ」


 渡瀬祐一は苦笑いを浮かべて、そう返答した。

 そして悠木の隣に歩いてくると、手に持っていた剣を置き、座り込んだ。


「……で? リア充な原口君はどうしてこんなところに?」


 間違いを治すつもりのない悠木の態度に、にこやかな笑みを浮かべる祐一。


「君が兵士達と試合をしているのが見えてさ。気になったんだ」


「……フーン。……原口君もアイツ等と戦いたかったのか?」


 悠木の言葉に、しかし祐一は首を横に振った。


「いや、俺が気になったのは君だ。佐藤悠木君」


 そして剣を握り、立ち上がる。


「一戦、どうかな?」


 爽やかな笑顔に、悠木は思わず頷いてしまっていた。





 先程まで寝転んでいた王城の庭で、悠木と祐一は向かい合っていた。


(何でこんなコトになってんだろ)


 悠木のテンションはダダ下がりしていた。

 何で祐一が自分と戦いたがるのか、理解不能であった。


 学生であった頃、悠木は周囲の不良達を不可抗力ながら無傷で一方的にボコボコにし、悠木達のいた地区では不良達からは恐れられていたのだ。

 その噂は学校でも広まっており、それが悠木の友人が平均よりは少なく、女生徒に至ってはクラスメイト以外近づかない理由である。

 悠木自身はそれを知らないのだ。

 悠木の噂を知っている人間からしてみれば、自分達より遥かに『戦い慣れ』しているように見えるのである。

 祐一から見れば、自分より強く見えるのである。

 つまりは悠木自身に理由があるのである。


 祐一は自分の剣を、悠木は旋根を構える。

 何方かが一歩踏み出せば、それが合図になる。

 二人共そう考え、気を研ぎ澄ませて――




 ふと、悠木は構えを解いた。

 悠木に訝し気な顔を向ける祐一に、城の方を顎でしゃくった。


「いた! おーい祐一!」


「そんなところで何してるのー?」


「祐一さーん。今から皆でクレアさんの処に行きましょう」


 三人の女の声が聞こえる。

 常に彼と共にいる少女達の声だ。

 足音と共に、徐々に近づいてきている。


「……俺は恨まれたくないんでね」


 声の方向をチラリと見て、その姿を確認して肩を竦める悠木に、苦笑いを返す祐一。


「わかったよ。……今回は素直に従う事にするよ」


 そう言うと、祐一は少女達の方向へと歩み去って行った。

 遠くから「何をしてたの?」やら、「探したんだよ!」やら、「クレアさんも待ってますよ」等の声が聞こえる。


「……大変だねぇ色男は。……女難の相でもあるのかな」


 広い庭に一人ポツリと立ったまま、悠木は祐一に向かって合掌した。





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