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螺旋輪廻のカタフラクター  作者: 雨城 光
2.金色の焔姫
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1



「はあ……はあ……はあ……」


 頭痛が収まり、真実は確認のため自身の首に手を当てた。

 先ほどの、起こりうる未来のビジョン──自身の死の感触を思い出し、思わず両手で口を覆う。

 胃の内容物がこみ上げてくる。

 頭の中から、先ほどの光景が消えない。

 異形の化け物が振り下ろす刃によっていとも簡単にはねられてしまった、自分の首。

 くそっ。


 ──ヤバい。


 あれは……いくら何でもヤバい!!

 この角を曲がった先には、あの化け物がいる。

 このまま進めば、先ほどのビジョンと同様に、間違いなく自分は死ぬことになる。

 真実は背中を向け、全力で来た道を走り出した。

 だが、その物音に気付いたのだろうか。

 化け物たちは真実の存在に気付き、奇声を上げて後ろから凄まじい勢いで追いかけてくる。


「くそっ……ばれたのか!?」


 後ろを振り返れば、化け物達は目視できるだけで、三体確認できる。

 三体も……!?

 真実は戦慄する。

 一瞬で人を殺せるような化け物が、三体も。

 あんな奴ら、どう考えても普通の人間が相手にできるような奴らじゃない。

 真実は、後ろを振り返るのを辞め、ただただ、前へと向かって走り出した。





 ☆☆☆





「うっわ、何これ、人払いの魔術まで施してあるじゃない! 随分と手の込んだ結界だこと。たった一人の人間を殺すためにここまでやるとか、えげつないことこの上ないわね」


 金髪碧眼の少女は、目の前にある薄紅色の幕のようなものに手を伸ばす。

 すると、まるでその侵入を拒むかのように、少女が触れた面から赤い稲妻のようなものが散る。

 予想通りの反応に少女はチッと舌打ちをし、一瞬顔を歪めた。


「いった~い。なんなのよこれ。あー、これ無理だ……。一人でこれを壊すのは無理ね……」


 少女はある程度結界と格闘した後、気乗りしない様子で後ろを振り返る。

 そこには、おそらく十歳くらいであろう少女が、退屈そうな顔をして佇んでいた。

 少女は漆黒の、いわゆるゴスロリと呼ばれるであろう奇抜なドレスに身を包んでいた。


「ティア。それで、この結界どうするつもりなの? 諦めて外から中の様子を傍観している訳じゃないんでしょう?」


 少女は、見下したような顔で自身のパートナー、リスティア・フォン・レクスフルールへと声をかける。

 リスティアは苦虫を噛み潰したような顔でその少女のことをちらりと見た後、ため息をつきながらその少女の胸元へと手を伸ばす。


「本当にあんたって感じ悪いわよね。そんなの、どうにかこれをぶち壊して、無理くり中に入るしかないでしょ? あいつ、放っておいたら死んじゃうじゃない。『あの人』の頼みなんだし、放ってはおけないわ」


「へえ、なるほど? 妾を使って、この結界を焼き切るって?」


 リスティアが無言で頷くと、少女はまるでオペラを演じているかのような大げさな身振りで、天を仰ぎ両腕を空へ掲げている。


「ああ、妾は悲しいわ! そうやって、あなたは妾を道具のように使いつぶして行くのね!? ああ、野蛮な主人を持って妾は悲しいわ!」


 その道化じみた様子にリスティアはやる気を盛大に削がれながら、もう慣れたといった風に無視し

て話を続ける。


「あんたなら、この結界も焼き切れるでしょ? ほら、馬鹿なこと言ってないで、やるわよ」


「いくら妾の力が偉大でも、あんたの力はそれほどでもないから。妾といえども、これほどの結界、あんたなんかとじゃ破れるかどうか……」


「黙りなさい、このへらず口。……まあいいわ。行くわよ」


 リスティアは、耐えかねた様に少女の胸元へと手を伸ばす。


「くっ……」


 リスティアの手が触れた途端、紅の魔法陣が浮かび上がり、少女は細剣へと姿を変える。


「『燃え墜ちろ、炎帝の天剣〈クラウソラス〉』」




 ☆☆☆




 一体どれだけ走っただろうか。

 真実は薄暗い路地の中を逃げ回るように走っていた。

 どうにか奴らを撒こうと建物と建物の間を縫って進んでいく。

 しかし、どういう原理か、化け物たちは真実のことを一時も見失うことなく追いかけてくる。

 真実は障害物を倒しながら、できるだけ追いつかれるまでの時間を稼ごうとしているが、奴らはその鋭利な爪を振り回し、全てを破壊しながら進んでくる。

 その様子に、真実はより恐怖を深めていった。

 裏路地を抜け、真実が表通りに出ようとした、その時。


「グギャアァァァァァ」


「────ッ」


 化け物の凶爪が、真実を襲う。


「くっ…………そっ」


 どうにか化け物の攻撃を回避し、辺りを見ると、すでに化け物共に取り囲まれていた。

 真実の疲労は、既にピークに達している。

 先ほどから視界は霞み、息をするのもやっと。

 足はパンパンになっていて、もう、一歩たりとも動ける気がしない。

 奴らはそこかしこから、まるで湧き出てくるかのようにその数を増やし続けている。

これでは、もう逃げることはできないだろう。

 先ほどの光景が真実の脳内を掠める。

──こいつらは間違いなく、俺のことを容赦なく殺すだろう。

 そう思った瞬間、今まで張っていた緊張の糸がぷつりと切れ、体が鉛のように重くなった。

 大声をあげて助けを求める気力すらも、既に真実には残ってはいない。

 こんなところで……。

 こんなところで、俺は死ぬのか?

 こうしている間にも、化け物たちはじりじりとにじり寄ってくる。 

 自分の周りに武器になるようなものはない。

 いや、例えあったとしても、もう戦う気力すら残っていない。

 自分の置かれている状況に、絶望し、落胆し、この意味のわからない状況に目を閉じ、諦めかけたその時。



──見つけた、私のマスター──



 どこからか、少女の声が聞こえる。

 その声音はまるで、澄んだ美しい鈴の音のようで……。


 声を聴き、真実は顔を上げる。

 すると、ふわりと優しい風が、真実の頬を撫でた。

 ああ、いつだっただろうか、この風を感じたことがある。

 暖かく、陽だまりの中でまどろんでいるような、そんな感覚を俺は感じたことがある。

 そんな、懐かしいような感覚に浸っていると、目の前に、一人の少女が舞い降りた。

 空からゆっくりと降りて来たその少女は、美しい長い銀髪をなびかせ、白い肌に、燃え盛るような紅の瞳がよく映える。

 その容貌は、まるで精密に作り込まれた人形のように美しかった。

 少女は、この絶望的な状況など意にも介していない様子で、その真紅に染まった双眸で真実のことを見つめている。


「君は……?」



 問いかけるよりも早く、真実は導かれるように、その少女へと手を伸ばす。



 真実は、知っていた。



 どうすれば良いか。



 どうすれば、この絶望的な状況を、覆せるのかを。



 頭で理解するよりも早く、体が反応する。



「……マスター、私を……使って?」



 真実の手が少女の胸に触れる。


「くっ……はぁっ」


 嬌声とともに、少女の胸元からは黒い魔法陣のようなものが浮かび上がり、それは淡い光を放ちはじめた。

 そして、真実はそのまま、魔法陣へと手を添える。

 右手は魔法陣の中に飲み込まれていき、何かを掴む。


 その瞬間。



 少女はその姿を、一振りの無骨な大剣へと変えた。







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