5
──マスター、私のマスター。あなたは──
暗闇の中で、声が聞こえる。
目の前には美しい少女が一人。
その声はとても懐かしいようで、しかし今まで一度も聞いたことのないような、新鮮さすら感じさせる。
この子の手を掴まなければ。
真実は心の底から湧いてくる感情に戸惑いながら、その少女に向けて、手を伸ばそうとする。
「こ、ここは……確かさっき、ガラスの割れるような音がして……」
目を開けると、そこは先ほどまでいた町の光景とは、少し違っていた。
町の様子そのものに、そこまで大きな変わりはない。
いや、強いて言えば、周りにある民家の壁には小さな亀裂が走っていたり、細かな違いは確かにある。
しかし何より大きく異なっているのは──昼間だと言うのに、空は暗く、月は赤く染まっているという事だろう。
そこで、真実は先ほどまで傍にいた円華の姿が見当たらないことに気が付いた。
「円華……!? おい、円華! どこにいるんだ!! 返事をしてくれ!!」
真実は慌てて辺りを見回しながら、大声を上げて円華を呼ぶ。
しかし、円華の気配はどこにもない。
いや、それどころか、真実以外の他の人間の気配が、全くしないのだ。
「な、何なんだよ! これは一体…………くそっ」
訳が分からない。
いきなり頭痛がひどくなったかと思うと、急に辺りが無人になり、この訳の分からない状況に晒されている。
──とりあえず、この気味の悪い状況から抜け出さなければ。
真実は服についた汚れを払い立ち上がると、混乱する思考をどうにか押さえ込み、目の前に続く一本道を歩き始める。
どれだけ歩いただろうか。
いくら道を進んでも、人間どころか、虫一匹すら見つけることができない。
どう考えても、今のこの状況は異常だ。
「ここを曲がれば、家の前に着くけど……」
人間、パニックに陥ればいつもと同じ行動をしたがるというが、それはその通りかもしれない。
真実は、無意識のうちに家への帰り道を歩いていた。
そんな中、真実は先ほどから、まとわりつくような不快感が辺りを覆っていることに気が付いた。
心の底から、何とも言えない恐怖と、言いようのない危機感が湧き上がってくる。
どうしたのだろうか。
そういえば、歩みを進めれば進めるほど、その不快感は強まっている。
冷や汗が止まらない。
別に、何がどうというわけでもない。
今この時点で命の危機に瀕しているわけでも、何か恐ろしいものを見たといったわけでもない。
だというのに。
この先には進んではいけない。
この先の光景を見てはいけない。
そう真実の本能が警鐘を鳴らしている。
「俺、どうしちゃったんだろう。俺は、さっきから、何を怖がって……」
真実は自分の身に襲いかかる謎の恐怖感を無視して、道の角を曲がる。
その時。
「……え?」
目の前には、異形の化け物がまるで待ち構えていたかのように真実の前に立っていた。
その化け物は鎌のように鈍く光る両腕を、待ち構えていたかのように振り上げている。
そのまま、化け物は真実の首目を掛けて、そのいびつな凶腕を振り下ろした。
鋭い痛みが首を襲い、視界が地面へと落ちていく。
先ほどまで自身の首のあった場所に目を向けると、そこには大量の鮮血を撒き散らしながら、がくりと重力に引かれ倒れる、自分の身体があった。
首を……落とされたのか?
痛みは感じない。
意識もはっきりとしている。
だが、体を動かそうと思っても、動かせる気がしない。
何が起こったのかと呆然としていると、例の化け物が口を大きく開けながら、既に真実の目の前まで迫ってきていた。
「あ……」
そこで、真実は意識を失った。