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校舎の外を見ると、今日も運動場では、野球部やサッカー部などの運動部が汗水を垂らしながらも一生懸命に練習をしている。
真実は外のいかにも青春を謳歌しているその光景に、少しの憧憬を感じながら、リスティアに最後の教室の紹介をする。
「それで、ここが最後、視聴覚室だ。まあ、今日教えられていきなり全部場所を覚えるっていうのも大変だろうし、後は分からなくなった時にうちのクラスの奴らの誰かしらに聞けば、皆ちゃんと教えてくれると思うぜ」
真実が全ての説明を終え、「ふう」と息を吐いていると、リスティアはその様子を見て、微笑みを浮かべている。
「はい、ありがとうございました。これでも記憶力は良い方だと自負しておりますので、おそらくは大丈夫だと思います。わざわざ放課後に付き合っていただいて……真実くん、巴さんも、今日はありがとうございました」
リスティアは深々と一礼をする。
円華はどうやら未だにリスティアに心を許せていないようで、先ほどからずっと、頑なに視線を合わせようとしない。
「帰りはどうするんだ? もし道に不安とかあれば、この町の紹介がてら、家まで送ってくけど?」
「なっ!? 真実!? ちょっと待ってそれって……!?」
真実の言葉を聞いた円華は、またもあたふたと焦った様子を見せている。
その様子を微笑ましく思ったのか、リスティアは円華を見て暖かい視線を送っている。
「お気持ちはありがたいのですが、帰りは迎えが来くることになっているんですよ。それに、これ以上真実くんを拘束しては、円華さんに怒られてしまいますからね」
リスティアはそう言って踵を返すと一人、昇降口へと歩き始める。
──その時。
真実の頭に、鋭い痛みが走る。
そして、その後見えたのは、これから起こる、少し先の未来のビジョン。
真実はとっさにリスティアの片腕をつかみ、その華奢な体を力強く引き寄せた。
「…………え?」
リスティアは、真実のその行動に驚いた表情をしている。
真実の行動の少し後、ガラスの割れる音が鳴り響く。
先ほどまでリスティアのいた場所には割れたガラスと一つの野球ボール。
少し遅れて、外の野球部が謝罪の声をかけてきた。
こちらに人がいたことに気付き、顔を真っ青にしている。
真実はボールの主にボールを返すと、なおも謝ってくる部員に心配ないと伝え安心させる。
「ふう、危なかったな。ギリギリで気づいてよかったよ。ティア、特に怪我はないか?」
おそらくこの後、顧問の教師にたっぷりとお説教されるのだろう。
そう思い、顧問に事の顛末を連絡しに行った野球部員のことを不憫に思っていると、先ほどからリスティアからの反応がないことに気がついた。
ボールを当てられそうになったリスティアは、信じられないと言った目で真実のことを見つめたまま、黙りこくっている。
真実は、そのなんとも言えない雰囲気に気まずくなり、思わずリスティアに再度声をかけた。
「えっと、どうかしたのか? もしかして、怪我をしたとか?」
「あなたは……」
真実はリスティアの顔を覗き込む。
すると、一瞬茫然としていた円華が慌てて二人の間に割り込んでくる。
「ま、真実っ。リスティアさんから離れてーっ。くっついちゃダメだってば! はーなーれーろー!」
「お、おい、円華、危ないって、引っ張るなよ!!」
円華に引き寄せられ、真実は無理やりリスティアから距離を取らされる。
すると、真実から日帰阪されたリスティアは、「それでは」と一言を残しそのまま廊下の角を曲がり消えて切った。
──バレたか?
いや、バレるも何も、未来視だなんて話、例えこちらから説明しても、信じてくれるとは思えない。
一瞬脳内をかすめた疑念を片隅に追いやり視線を戻すと、真実は円華がじっと見つめて来ていることに気がついた。
「……ねえ真実。大丈夫? なんかすこし、顔色が悪いよ?」
「……大丈夫、なんでもないよ」
真実は今日何度目かわからない言葉を円華に投げかける。
「本当に? 真実、今日はボーッとしてること多いよ? 本当に大丈夫なの……?」
「円華、心配しすぎだぞ? 本当に何でもないから。体調悪かったらいつもみたいに円華に言うし、安心しろって」
その後、真実達は慌てて駆け寄ってくる野球部顧問に対し、状況の説明を求められるのであった。
「はあ…………はあ…………はあ…………」
「ねえ、さっきから辛そうだよ? 真実、本当に大丈夫なの?」
先ほど──リスティアを助けてから、真実の頭痛はどんどん酷くなっていた。
普段通りであれば、すぐ消えてゆく痛みが、未だにジクジクと脈を打つように強まってくる。
円華は真実の顔を心配そうな様子で覗き込み、色々と語りかけている。
真実はそんな円華の優しさを嬉しく思いつつも、それすら既に「見た」ものと感じている今の自分に不思議な感覚を覚えていた。
──見るもの全てに対して、訪れる既視感。
頭痛とともに訪れるその奇妙な感覚が、まるで脳内にこびりついているかのように頭から離れない。
真実は、目に入るもの全てに、既視感を感じていた。
次に誰が来るのか。
次に何が起こるのか。
全てがわかる。
いや、知っている。
すでに見えているのだから。
「うっ……ぐっ……」
今までに感じたことのないほどの痛み。
その痛みは真実にとって、次第に耐えられないほどのレベルにまで強まっていく。
円華が真実に対して何か言っているようだったが、先ほどから、真実にはその言葉が何を言っているのか、何を意味しているのか、理解することすらできない。
今の自分に何が起こっているのか、訳がわからない。
視界がかすみ、だんだん音も聞こえなくなってくる。
「あっ……ぐおぁっ!!!」
そして、その痛みがピークに達した時、世界が割れた。