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螺旋輪廻のカタフラクター  作者: 雨城 光
1.魔剣の巫女〈グラディウス〉
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3



 コバセンが気だるげな様子でそう言うと、先ほどまでクラスを騒がせていた噂の張本人が教室の前のドアを開けて中に入ってくる。


──沈黙。


 転校生が教室内に入ってくると、先ほどまで大介の転校生美少女説にざわついていたクラス全体が、真実が予想していたものとは違った意味で、静寂に包まれることとなった。


「みなさん、初めまして。私の名前はリスティア・フォン・レクスルール。名前が長いので、ティア、とお呼びください。これから皆さまと同じ学び舎で学ばせていただくことになります。どうぞ、よろしくお願いいたします」


 入ってきた転校生は書き慣れた様子で黒板にアルファベットをすらすらと書くと、深々と一礼をする。

 先ほどまでざわついていたクラスメイトたちは皆、未だに誰も、一言も発することができないでいた。

 それほどまでに──浮かれていたクラスのムードを落ち着かせるほどに、転校生は言葉が出なくなるような美少女だった。

 テレビの芸能人を思い返してみても、真実はここまで「美しい」女性に会ったことがない。

 少しつり気味の整った形の眉に、エメラルド色の、少し釣り気味の大きな瞳がよく映えている。

 鼻筋はすっと通っていて顔は小さく、肌は陶器のようになめらかで、まるで西洋人形を思わせる顔立ちだ。

 さらに一際目を引くのは、腰まである美しい長い髪だろう。

 教室の窓から入ってくる太陽の光によって輝く鮮やかな金髪ストレートの髪を、彼女は横髪だけやわく、後ろでまとめている。

 金髪だというのに粗野な印象を与えないのは、その楚々とした髪型もあるだろうが、彼女の纏っている上品さも、大きく寄与しているのかもしれない。

──高貴。

 彼女を表すのに、それ以上の言葉は真実には見つからなかった。  

 クラス中の全員が息を飲む中、皆の反応にある程度想像がついていたのか、担任教師はニヤニヤとしながらホームルームを再開する。


「レクスルールさんは親御さんの仕事の関係でヨーロッパ暮らしが長いらしくてな。色々わからないことも多いだろうから、お前ら気にかけてやってくれ。……席は、後ろのあの空いている席でいいな?」


「はい、先生、ありがとうございます」


 転校生は担任に会釈をすると、ふわりと髪を風になびかせながら、俺の後ろにある空席へと歩いてくる。

 席に座ると、転校生は真実の肩を後ろからポンポンと叩いた。


「あの、よろしくお願いしますね? 真実くん」


「え? ああえっと、こちらこそ、よろしく」






「ティアちゃんティアちゃん! ヨーロッパ暮らしが長いって聞いたけど、日本に来る前はどこにいたの!?」


「ティアちゃんってさ、すっごい綺麗だよね! スタイルもいいし羨ましいな〜。そんだけ綺麗だったら、もしかしてモデルとかやってたりするの〜!?」


「ティアちゃんって、すっごい珍しい名前だけど、お父さんとかお母さんとか、どこ出身なの!? 何人!?」


 授業の一限が終わり、今は休み時間。

 真実の後ろの席は今、大変なことになっていた。

 クラス中の生徒が転校生であるリスティアの周りを囲んで、あれやこれやと彼女を質問責めにしているのだ。

 あれじゃあ息つく暇もないだろうに。

 転校生ってのも大変だな。

 そう思った真実はクラスメイトたちのそんな厚かましい様子に呆れながら、輪の中には加わらず遠く離れて傍観していた。


「はーいはいはい! お前らみんなどけどけ! ティアちゃんが困っているだろ!」


 そんな混乱の中、大介がティアを囲む人の輪をかき分けながら、一際大きな声をあげながら、一人の男がリスティアの元へと向かっている。

 リスティアの元へ到着すると、大介は仰々しく頭を下げ、自己紹介を始める。


「初めましてティアちゃん、俺の名前は高坂大介、よろしくな!」


「高坂さん……ですか? はい、こちらこそよろしくお願いします」


 リスティアそう言って大介に笑顔を向けると、周りの男子達からは「汚ねえぞー!」だとか、「抜け駆けは許さんぞー」だとか、そう言ったヤジが四方八方から飛んでいる。

 しかし、大介はその罵詈雑言をどこ吹く風といった様子で気にしていない。


「いやー、本当にごめんね。うちのクラスの奴ら馬鹿ばっかでさ。こっちに来たばっかりで分からないことも多いだろうに。こんな風に質問責めにされたら、ティアちゃんだって困っちゃうよな?」


 大介がそう気さくに話しかけると、リスティアはいいえ、と首を横に振る。


「皆さんとても優しい方ばかりで助かっています。転校初日ということで緊張していたのですが、皆さんのような暖かいクラスメイトに囲まれて、私はとても幸せですよ?」


 リスティアは嫌そうな表情一つせず、大介やクラスメイト一同に対し感謝の言葉を伝える。

 その丁寧な対応に、クラス中からは「おおー」と歓声が上がる。


「ティアちゃんは本当にいい子なんだねー! 俺もティアちゃんと同じクラスになれて嬉しいぜ! そ、それでさ、ティアちゃんには早くこの学校に慣れてもらいたいし……よかったら放課後に、学校とかこの町とか、色々案内してあげようか? も、もちろん、時間があればって、話なんだけど……」

 大介のその言葉を聞いて、クラス中からは「俺もー!」だとか、「私もー!」だとか声が聞こえ始める。

 しかし、当のリスティアは、大介や他のクラスメイト言葉に「ふふふ」と微笑みを返したかと思うと、一転、申し訳なさそうな表情を浮かべている。


「高坂さん、それに他の皆さんも、その申し出は大変ありがたいのですが、生憎先約がありまして……既に校舎やこの町の案内を頼んでいる方がいますので、残念ですがお断りをさせていただきます。お気持ちは嬉しいのですが、本当にすみません」


 リスティア深々と頭を下げ大介の誘いを断ると、大介はがっくりと肩を落としうなだれている


「そ、そっかー、そうなのかぁ〜! あはは。そりゃあ、しょうがないよねー……ち、ちなみにっ! 誰が案内をしてくれるの? 親戚とか友達とか、仲いい人が学校にいるってことかな? もしかして彼氏だったりとか……」


 大介が不安そうな顔をしながらそう質問すると、リスティアはすっと立ち上がり、ニコリと笑みを浮かべながら一人の人物を指差す。


「はい。先ほど、真実くんに案内をお願いさせていただいたので……真実くん、よろしくお願いしますね?」


「……え、俺?」





「今日一日、めっちゃ疲れた……」


 放課後、真実はやっとの事で教室の外の廊下へと出る。

柱に背を預けると、一人ため息をつく。

 すると、その様子を見た円華が、心配そうな面持ちで真実の隣へとやってきた。


「真実、大丈夫? なんだか顔色悪いみたいだけど……」


「あ、ああ。まあ、なんとかな……」


 先ほどまで、リスティアの紛らわしい言動によって、真実はクラスメイトたちからの質問や罵倒の嵐に晒されていた。

 お前はリスティアさんとどんな関係なんだ、だとか、いつの間に口説いたんだこの野郎、だとか……。

 真実からすれば、リスティアとは席に着いてからのあの一言しか話したことがなかったので、先ほどのご指名といい、学校の案内をさせられるなど訳が分からなかった。


「で、でもでもっ! 真実も真実だよっ! さっきはリスティアさんに話しかけられて鼻の下伸ばしてたし! 全くもう、私というものがありながら、真実は一体、何を考えてるのさーっ!」


 円華は先ほどまでの心配そうな様子から一変、頬を膨らませながら、真実のことを恨めしそうな目で見ている。

 どうしたものかと思いながら、真実はどっと来る疲労感を感じながらも、円華をなだめることにする。


「私というものがありながらって……それに、鼻の下なんかのばしてないだろ? 俺だってびっくりしてるんだよ。たいして話したこともない転校生から、急に学校の案内なんかを頼まれてさ。さっきだって、クラスの連中に囲まれて大変な思いしたんだからな!? みんなすごい殺気立ってて、大介のやつなんかどさくさに紛れて人の脛に何回か蹴り入れてきたし……」


 真実は先ほどまでのクラスの様子を円華に説明する。

 しかし、どうやら円華にはそれは大した問題ではなかったらしい。


「そ、そんなの知らないっ! リスティアさんに話しかけられて、真実絶対喜んでたもん! 真実はひどいよ、馬鹿だよ、おたんこなすだよーっ!」


──おたんこなすって……。

 円華の暴走に、真実はどうしたものかと対応を考えていると、今丁度話題に上がっていた、真実の疲労感の源、リスティアが荷物をまとめて二人のところへ向かってる。

 リスティアは真実と目が合うと柔和な笑みを浮かべ、一礼をした。


「お待たせしてしまってすみません。それでは真実くん、早速学校の案内をお願いできますか?」


「ああ、それは別にいいんだけど……」


 真実はふと傍にいる円華を見る。

 円華はまるで、親の仇を見るような目でリスティアのことを睨みつけていた。

 その様子に圧倒されていると、リスティアもまた、円華の様子に面食らっている。


「え、ええと……」

 円華は戸惑っている様子のリスティアをひとしきり睨みつけた後、真実へと視線を戻す。


「私も、着いて行くから」


「え?」


 円華の言葉に、思わず真実は聞き返してしまう。


「だからっ! 私も、リスティアさんのための学校案内に着いて行くって言ったの! 真実だけじゃ心配だし、そ、それに……えっと、そう! 女の子にしか案内出来ない場所とかもあるでしょ!?」


 真実は円華の必死な様子に多少気圧されながら、どうにか質問を返す。


「女の子にしか案内出来ない場所って? 例えば?」


「そ、それは……ほら、お手洗いとか! 女子更衣室とか!!」


「…………なるほど。まあ確かに、そこらへんは俺も案内できないけど……」


 真実は、あまりの円華の剣幕に、完全に押されてしまっていた。

 よく考えれば『あの一件』以来、円華は真実以外の前であまり感情を出そうとしないし、今まで、真実以外にさほど興味を持とうともしていいないようだった。

 ずっと心配していた真実だが、先ほどからのリスティアに突っかかってくる円華の様子を見ると、案外仲良くなれるのではないか? などと思えてくる。 

 自分以外に、円華に親しい友人ができるチャンスかもしれない。

 真実はそう思い、円華の学校案内への参加の許可を求めようと、リスティアの方へ視線を移す。


「えっと、リスティアさん? こいつは俺の幼馴染の巴円華。悪いけど、学校案内にこいつ連れてってもいいかな? さっきからついてくるって聞かなくて」


 真実が円華のことを紹介すると、リスティアは嬉しそうに笑みを浮かべて、円華へと笑いかける。


「ええ、私は構いませんよ? それと、真実くん。私のことはティアとお呼びください。リスティアでは、長くて呼びにくいでしょう? 巴さんも、私のことはリスティアとお呼びください。よろしくお願いいたしますね?」


 そういうとリスティアは円華へ向かってすっと手を出す。

 円華はおずおずと言った様子でリスティアの手を取った。


「え、えっと……はい……宜しくお願いします……」


「それじゃあ、ティア。改めてよろしく…………ってあれ? そういえば、ティアは最初から俺の名前を知っていたよな? あれってどういうことなんだ?」


 真実は朝のホームルームの頃から思っていた疑問を口にする。

すると、リスティアは少し考える様子を見せた後、ああ、といった様子でポンと手を打ち、にこやかに微笑む。


「それは、担任の先生が予めクラスメイトの名簿を見せてくれていたんです。前の席となる方ということで、名前くらいは覚えておかなければと思いまして……おかしいですか?」


 リスティアは小さく首を傾げている。

 なるほど、リスティアもクラスにどうにか馴染もうと色々頑張っていたんだな。

 そう思った真実は、それ以上そのことに対する追及を辞めることにした。


「そういうことだったのか。いや、ちょっと引っかかってたからさ。ちなみに、俺に学校の案内を頼んだのはなんで……」


 真実が話を続けようとすると、背後に隠れた円華が、こちらに不服そうな目を向けてガルガルと唸っている。

 ──犬か。

これ以上円華を無視しながら話を続けるのは無理だと判断した真実は、この厄介な役目を早く済ませてしまおうと決めた。


「それじゃあ、なんだかんだ時間もかかりそうだし、早速行こうか……ほら、円華もさっきから俺の後ろに隠れてないで、行くぞ」


「あっ、ちょ、ちょっと真実、待ってよ〜っ!」


 円華は慌てて真実の制服の袖をつかむ。

 そんな様子を見て、リスティアはクスクスと微笑んでいた。


「ふふふっ、お二人とも、仲がいいんですね」


「…………ねえ真実、実はリスティアさんて、良い人なのかな?」


「変わり身早いなお前!?」


 真実はそんな二人の様子にやれやれと思いながら、校舎の案内を開始した。


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