2
真実は学校への道を歩きながら、先ほどの事へと思考を巡らせる。
先程、円華にぶつかりそうになった男に、真実は見覚えがあった。
いや、正確に言えば、真実はその男のことは今まで一度も見たことはない。
「見たことがある」というよりは「これから見る事」を知っていたという方が、この場合は正しいのだろう。
──未来視。
そういえば少し大げさだが、真実には物心ついた時から、少し先の未来を見通す力があった。
とはいっても、それがものすごい異能の力、という訳でもない。
例えば、「明日のテストの問題がわかる」だとか、「宝くじの当選番号がわかる」だとか……そう言った、自分の得になるようなことに未来視の力を使えれば、真実にとってその力は、他人に誇れるような、素晴らしい力だっただろう。
しかし、実際のこの力は、そんな便利な物ではない。
まるで気まぐれのように、ちょっと先の、何でもないようなくだらない未来が見えるだけ。
真実の意思とは無関係に、それは何の法則性もなく突然起こる。
たしかに便利な力ではある。
見えないより、見えたほうがよかったと思うことは確かに何度かあった。
だが真実にとっては、その何でもない少し先の未来を見るためだけに起こる頭痛を堪える事の方が、よっぽど鬱陶しいことだった。
今回に関しては、あれほどのスピードで飛ばしてきていた自転車にぶつかっていたら、華奢な円華はひとたまりもなかったはずだ。
珍しく役に立った自分の力に、少しの感謝をした後、真実は円華と共にいつもの様に学校へと向かった。
教室へ到着すると、教室の中は普段に比べて、少しざわついているようだった。
何というか、みんな少しそわそわしている。
教室の入り口で、真実が一体何事かと考えていると、たいていクラスの事件の中心にいる人物、高坂大介が声をかけてくる。
「よおー、おしどり夫婦! 今日も仲良く登校かー?」
真実は、ため息をついてそんな悪友に挨拶を返す。
「おはよう、大介。なんだ、騒ぎの原因はまたお前かよ」
「わ、私と真実がおしどり夫婦……わわわっ」
円華は大介の言葉を聞くと、恥ずかしさのためか、顔を真っ赤にしている。
真実はそんな様子をよくあることと諦めつつも、げんなりとした表情を浮かべる。
「それで、大介、お前今度は何をやらかしたんだよ」
真実がそう言って疑惑の目を向けると、大介はそんなことは心外だ、といった様子でムッとした顔をしている。
「おいおい、お前は俺のことを何だと思ってんだよ! 確かに、俺はよく問題を起こす。けど、俺は今回、何にも悪いことはしていない! ……それにしても、円華ちゃん。円華ちゃんは今日も可愛いねえ〜。どうよ、円華ちゃんもこいつの事、酷いと思うよなあ?」
「え、えっと、あの、私は……」
大輔に声をかけられた円華は、顔を伏せてしまって一向に答えようとしない。
──やっぱり、ダメなのか。
大介を見ると、もう慣れてしまったのか、さほど円華の様子を気にしてはいないようで、真実はそんな親友の様子にほっと安心する。
「おい、大介。円華を巻き込むなよ。……それで、今度こそ答えてくれ。……何か、あったのか?」
真実がそう質問すると、大介は満面の笑みを浮かべながら、うれしそうに真実の質問に答えてくる。
「それがよ、昨日クラス委員の吉崎が職員室に行った時に分かった話なんだけど。なんでも、転校生がうちのクラスに来るって話を耳にしたらしくてな。転校生だぜ、転校生!! さっきからクラス中、その話で持ちきりってわけよ! どうだ、大スクープだろ!?」
大介はそういうと、さわやかな笑みを浮かべてサムズアップをしている。
真実はそんな大介の様子を華麗にスルーをかましつつ、質問を続ける。
「転校生? それ本当なのか? ……高校生にもなって転校生なんて、俺、漫画とかアニメ以外では聞いたことがないぞ?」
そう真実が驚いた顔を向けると、大介は待ってましたとばかりに、ものすごい勢いで真実に迫る。
「そうなんだよ! 分かってるじゃねえか! 高校生にもなって転校生なんて、もちろん漫画以外では誰も聞いたことがない。しかも公立高校ならまだしも、うちは私立高校だからな! 現実的じゃねえだろ! もう、どんな手を使ってうちの高校に転校してきたのかな〜とか、どんな子なのかな~とか、どうやってこんな変な時期に編入なんてできたのかな~とか。さっきからクラス中大盛り上がりだぜ〜!」
真実はそんな大介の様子に、改めてため息をもらす。
「お前、本当にそういうゴシップネタみたいなの好きだよな。どうやって編入したのかって、そこはさすがに編入試験でも受けたんだろうけどさ……。それでも、やっぱり、聞いたことないよな、こんな何でもない時期に転校生なんて。吉崎が聞き間違えたって可能性はないのか? こういうことって大概、早とちりしたお前の暴走で、盛り上がった結果何もなかったって、よくあるオチだろ?」
すると大介は首を横に振った後、教室の後ろの方を指差す。
「いや、今回に関しては、間違いないな。見てみろよ。誰も座ってない席が一つ、不自然な感じに追加されてるだろ? 何もないのに教室に席を一つだけ増やすなんてこと、あると思うか? 流石にここまで証拠がそろっていれば、転校生が狂って話、間違いないと思うんだよ」
大介の言う通り、教室の後ろには、真新しい席が一つ追加されている。
確かにに、特に意味もなく教室に席が足されるということは考えづらい。
そう真実が納得していると、大介は鼻の下を伸ばしながら、ニヤニヤとした表情を浮かべ上の空になってしまっている。
「俺が思うに、絶対謎の美少女なんだぜ? あーっ、やべえ、高まるぜえ~。右も左もわからない女の子に、俺が学校の案内なんかしちゃってよ! そこから始まるラブロマンス。楽しみだなあーっ!!」
真実は空想に胸を膨らませながら自身の肩を抱いている大介の様子に若干引きつつも、先ほどから一つ、気になっていたことを大介に尋ねた。
「えっと、さっきから気になってたんだけどさ、転校生って女の子なのか?」
「いや、それは俺も知らねえよ? でもさでもさ、男の転校生とか、この流れで絶対ありえないくない?」
「……お前、これ絶対がっかりするパターンだからな」
そんなたわいのない会話に花を咲かせていると、始業を知らせるチャイムが鳴り響く。
すると、いつものようにくたびれたベージュのスーツを羽織ったクラスの担任、コバセンがのろのろと教室の中に入ってくる。
コバセンを見たクラスメイトたちは各々席に着き始める。
騒がしかった教室は、少し落ち着いた雰囲気になった。
「よし、お前ら席につけー。今日は、いつものホームルームの前に重要な話が……」
「せ、せんせー! それってもしかして、噂の転校生の話っすか!? あれって、本当なんすか!?」
大介は待ちきれないと言った様子でコバセンの言葉に食い気味で質問を投げかける。
クラスメイト達も、先ほどからそれが気になってしょうがないと言った様子で、ざわざわとしている。
するとコバセンは、なにやら少しがっかりとした表情をして、ため息をつく。
「おい高坂、何なんだそのテンションは、少し落ち着け。……それにしてもお前、この話どこで聞いてきたんだ。せっかくお前らを驚かせてやろうと秘密にしてたんだけどな。…………まあ、お前らみんな知っているみたいだし、前置きはいらないな。入ってきなさい」