それは、天使の様で
薄暗い路地の中を、逃げるように、ひたすら走りまわっていた。
すぐ後ろを振り返れば、そこにはこちらをあざ笑うかのように数多の異形の化け物がひしめき合っている。
奴らの姿は、よく見ればそこにあるはずの目や鼻といった、本来正常な生き物であるなら存在するはずの器官が存在していない。
ただ、顔を引き裂く様についた口が大きく開かれていて、今にも俺に食らいつこうと、歯をガチガチと鳴らし続けている。
人を殺すためだけに生まれた存在。
もしそうであると説明されても、なんの疑問も抱かないだろう。それほどにまでに、その化け物たちからは何か根源的な──本能的な命の危険を感じさせる。
どうにか距離を開けることができた。
そう思ったのも束の間。
「──っ!!」
裏路地を抜け、表通りに出たところで、突然現れた化け物が大きく口を開けてまっていた。
すんでのところで気付き、襲い来る化け物の咢を何とか回避する。
──いくら走り続けても、振りきることができない。
奴らはそこかしこから、まるで湧き出てくるかのようにその数を増やし続ける。
気付けば、既に周りは化け物達に囲まれていた。
先ほどの光景が脳内を掠める。こいつらは間違いなく、俺のことを容赦なく殺すだろう。
迫り来る死の恐怖に、胃の内容物がせり上がってくる。喉は体中の水分が失われてしまったかのようにカラカラだ。
もう大声をあげて助けを求める気力すら残ってはいない。
こんなところで──こんなところで、俺は死ぬのか?
視界が滲み、身体中が悲鳴を上げている。
自分の置かれている状況に、絶望し、落胆し、諦めかけたその時だった。
──見つけた、私の主──
どこからか、少女の声が聞こえる。
その瞬間、ふわりと優しい風が頬を撫でた。
目の前には一人の少女が舞い降りてくる。
空から舞い降りるその少女は、まるで、天使のようで──
「君は……?」
問いかけた後で、それは愚かなことだと気が付いた。
そう、問いかける必要など、なかった。
俺は、知っている。
どうすれば、この、絶望的な状況を覆せるか。
どうすれば──
この子を、「使う」ことが出来るのか。
「……マスター、私を……使って?」
手を伸ばすと、少女は一振りの無骨な大剣へと、その姿を変えた。