宅飲み
「――さぁ、洗いざらい話してもらうわよ?」
今日は――家に帰るのがちょっと怖かったから、むしろ良かったかもしれない。
言い逃れは許さない、というような目をした小夏の質問を受けながら、そう思った。
――「どーゆーコト!? 奈夕、藤咲くんと知り合いだったの!?」
カフェテリアから、講義室に戻った後。
私を見つけた小夏は、開口一番聞いてきた。
今すぐにでも講義室から連れ出されそうな剣幕に押されつつも。
周りの目もある中では、答えにくくて。
「話すと長くなるから、後で」とだけ言って、答えを濁した。
その結果がこれ。
今日の講義が全部終わった後。
拉致されるように小夏の住むマンションにまで連れてこられて。
リビングのローテーブルに学校帰りに買った缶ビールとさっき届いたばかりの宅配ピザに、缶ビールを買うときに一緒に買った様々なおつまみまで用意されて。
完全に飲みの準備万端で。
聞きの態勢に入られた。
「で、付き合ってるの?」
直球すぎるその問いかけに、苦笑が漏れる。
「一応……」
言い逃れ出来る雰囲気ではないから、頷いた。
「知り合いじゃない」って答えたところで、白々しすぎるし。
講義室までわざわざ迎えに来られて。
さらには名前呼びまでされて。
これで「初対面なんです」なんて。
どう考えても無理だ。
多分、言い逃れなんて出来ないように、“わざと”だったんだろう。
透和の思惑通り、なんだと思う。
そう思うだけに、余計に悔しい。
苦虫を噛んだような表情で答えた私に、小夏は怪訝そうな顔をした。
「一応?何、そのはっきりしないの」
そんな、当然すぎる質問に私は――。
「いや、今、別れ話してるとこだから……」
隠すことなく、正直に答えた。
「は!?別れ話って……向こうは全然そんな感じに見えなかったけど?」
「……」
そんな感じに見えなかった。
それはそうだろう。
私だって今日の透和の態度は、昨日のことは夢だったんじゃないか、って疑うほどだったんだから。
「てか、別れ話って何でまた?」
返事を返せないでいる私に、小夏は違う質問をしてきた。
またしても、答えにくい質問だ。
それに苦笑してしまう。
「それ聞く?」
「別にいいでしょ、聞くくらい。嫌なら話さなきゃいいんだし」
そう、あっさりと言ってのける小夏に、気が楽になるのを感じた。
そこからは、怒涛の質問攻め。
「何で?」
「何があったの?」
「理由は?」
「考え直す気はないの?」
流石に、浮気の詳しいことまでは答えたりしなかったけど。
話せる範囲で、なるべく話した。
途中、「透和はもう私のことなんて好きじゃない」という話をすると。
「そんなことないでしょ」って、小夏が反論した。
それをさらに否定すれば。
小夏は不貞腐れた表情で、こう言った。
「じゃあ、何で向こうは今日、奈夕のとこに来たのよ?とても好きじゃない女に対する態度には見えなかったけど?てか、好きじゃないならこれ幸いと、さっさと別れるでしょ」
確かに、小夏の言い分も一理あるんだと思う。
でも。
それはあくまでも一般論だ。
透和には当てはまらない。
「……多分、私なんかに振られそうになったから、プライドが傷ついたんじゃない?」
苦笑しつつ答えた私に、小夏はまだ何か言いたそうにしてたけど。
それ以上、突っ込んではこなかった。
缶ビール片手に、いろいろ話した。
どうやって出会ったか、とか。
付き合うようになった切っ掛け、とか。
いろいろ。
缶ビールも五本目を開ける頃には、すっかり夜も更けて。
席を外して、お手洗いから戻ってくると。
小夏がソファーに倒れて眠ってた。
それに苦笑して、近くに置いてあったタオルケットを掛けてやる。
まだ眠くはなかったから、さっき開けた缶ビールだけでも飲みきってしまおうと、テーブル近くに腰を下ろした。
部屋の中、一人で飲んでいると、ちょっとした物音がやけに大きく聞こえる。
ヴー…ヴー…ヴー…。
さっきから、数分置きにケータイが震え続けてる。
こんな夜中にしつこく震えるケータイに、意識が向く。
友達から、とは思えなかった。
私の友達は、基本、淡泊だ。
こんなにしつこくケータイを鳴らして来たりしない。
となると考えられるのは――。
(嫌がらせ、かな)
今日、透和と私が一緒にいたのは、沢山の人たちが目撃してる。
特に講義室で目撃した人は、私のことだって知っている。
その中に、透和のことが好きな子がいたって可笑しくない。
そんな子たちからの嫌がらせメールだろうか?
一瞬、そう思ったけど。
(そんなわけない、か)
すぐにその考えを打ち消した。
透和と付き合うことになってすぐ、私はメアドを変更した。
飲み会なんかでメアド交換しただけの、メールのやりとりなんて全くしない人たちには新しいメアドは送らず。
親と、仲のいい友人にだけ、メアドを変更した連絡をした。
だから、よほどのことがない限り、私のメアドは流出しないはずで。
(……いったい、誰?)
そう思って開いたケータイの着信履歴は、
「――っ」
透和の名前で埋まってた。