カフェテリア
一般的な大学はバレンタイン辺りにはすでに冬休みに入ってるらしいですが、作者の通ってた大学では2月後半まで講義があったので、その設定でいかせてもらってます。
「――今日はここまで。では、次の講義までに今やった内容について、それぞれ思う解決策をレポートにまとめておくように」
午前の講義が終了した。
(眠かった……)
軽く伸びをして体をほぐすと、少し眠気がマシになる。
午後も一つの講義が入ってるんだけど、こんな調子で大丈夫だろうか?
ちょっと不安だ。
「ねぇ、最初の方、ノート取った?」
隣からかけられた声に、無言でノートを押しやる。
「さすが奈夕ちゃん!分かってるぅー」
現金な声に呆れつつ隣を見やれば、にこにこと嬉しそうな小夏の顔があった。
「せっかく講義受けてるんだし、ノートくらいちゃんと取ったら?」
「取ってるって。ただちょっと、気付くと私だけ時間移動してんの」
忠告の言葉は、くだらない言い訳で返された。
「未来へのタイムトリップ?」
「そうそう。気付くと十数分先の未来へー」
真面目に取り合うつもりのない小夏の言葉に、力が抜ける。
何を言っても無駄なんだろう。
そう分かっていつつも、こればかりは性分で。
「ったく。馬鹿なこと――」
もう一度、小言を口にしようとして。
「――奈夕!」
「っ」
後ろから聞こえた声に、頭が真っ白になった。
聞き覚えのある声だった。
昨日も、聞いた。
透和の、声。
(なんで……)
聞き間違い?
そう思いたいけど。
いつも以上にザワつく室内。
向き合った小夏の驚愕した顔。
それが、聞き間違いだと思わせてくれない。
フッ。
頭上に影が出来た。
「奈夕」
もう一度、今度はすぐ近くから呼ばれて。
ゆっくりと振り返る。
そこには、予想通り透和がいて。
真後ろに立って、私を見下ろしていた。
「飯、食いに行くぞ」
呆然と透和を見上げた私に、彼は一言そう言った。
◇◇◇◇◇
昼時で賑わう、大学のカフェテリア。
強制的に連れてこられた私は、身の置き場がなかった。
周りからの視線が痛い。
「こっちのカフェは初めて来たんだけど、けっこーメニュー違うんだな」
なんて、呑気に言ってる目の前の男が信じられない。
大学構内には、二つのカフェテリアが併設されてる。
どちらも生徒用に作られてるんだけど、理系学部と文系学部の校舎が離れていることもあって、学生たちはそれぞれの校舎に近いカフェテリアを利用する。
それが何年も続いてるせいで、今では完全に理系学部のカフェテリア、文系学部のカフェテリアなんて言い方までされるようになってしまった。
そしてここは、文系学部寄りのカフェテリアなわけで。
理系学部生の透和にとってはアウェーな場所。
――のはず、なんだけど。
「てか、大学のカフェに来ること自体、久しぶりだけど。やっぱ安いよな」
周りからの熱い視線や黄色い声はオール無視。
逆に文系学部生である私の方が、気になって仕方ない。
というか、透和への視線の他に私が一緒にテーブルについてることへの不審な視線が……っ。
結構、露骨なまでに「何、あの女?」という視線が突き刺さるんだけど……っ。
(もっと私の都合というか、立場を考えて欲しい……!)
「奈夕?どうした?……食べないのか?」
必死に周りからの視線に耐える私に、透和が不思議そうに聞いてきた。
それにハッとする。
見れば、透和は箸を片手に私を窺うように見つめている。
「っ、何でもないから……っ」
それに慌てて返事をして、箸を手にすれば。
眉間に皺を作りながらも、それ以上聞いても仕方ないと判断したんだろう。
「そうか」とだけ呟いて、目の前の定食を食べだした。
それにホッと息をつく。
「……」
定食を静かに食べだした透和を見る。
綺麗な箸使いで、ご飯を食べていく透和を眺めながら、ふと思った。
(ていうか、昨日、別れ話したんだよね、私たち……)
あまりにも普通に話しかけてくるから、忘れそうになるけど。
つい半日ほど前の記憶を忘れられるわけがない。
なのに、そんなことなかったかのように笑って話しかけてくる。
(どうして?)
そう思うけど、こんなギャラリーの多いところで掘り返してまで話したいような内容ではない。
多分、そんな私の心情を分かってるからこんな所に来てるんだろう。
(別れたいって言ったの、まさか忘れたわけじゃないはずだけど……)
平然と定食に箸をつける透和からは、何の感情も見付けられなくて。
これ以上考えても分からないと、複雑な思いは溜め息と共に吐き出して、透和が買ってきてくれた日替わり定食に箸をつけた。
◇◇◇◇◇
「なぁ、奈夕。もう分かってると思うけど、一応言っとく。今までは奈夕の意思を尊重して、校内では話しかけねぇようにしてたけど。もうそれ止めたから」
黙々と定食を食べてると、私よりも先に食べ終わった透和が唐突にそんなことを言った。
「は?」
唐突な言葉に呆ける私に、透和は口角を上げて笑う。
そして、言葉を付け足した。
私にも理解出来るように、ゆっくりと。
「これからは、どこだろうと気にせず話しかけるから」
(――ふざけんな)
咄嗟に思ったのは、それだった。
「まぁ、駄目ったって今更だけどな」
「っ」
言われて、気付く。
突然のことに理解が追いつかなくて、言われるがままに流されてたけど。
(――それが狙いか……っ)
透和は見た目がいい。
すこぶるいい。
下手な芸能人なんて目じゃないくらい。
てか、何で芸能人じゃないんだろって思うくらいに、いい。
そんなもんだから、透和の人気は凄まじい。
多少、性格に難があろうとも、かっこよければ全てカバーされるようで。
大学にいる女子の八割近くは、程度の差こそあれ、透和のファンだ。
しかも、芸能人と違って、実際に目の前にいる。
そんな中でアイドルのような存在の透和と仲のいい女子が現れたら、どうなるか?
そんなの、火を見るより明らかだ。
あいつのファンである学内の女子たちのリンチに合う。
実際、付き合ってたわけでもなく、ただ透和に馴れ馴れしく話しかけた、だとかいうくだらない理由で苛められて、大学を辞めなくちゃいけないまでに追い詰められた女子学生もいるらしい。
集団になった恋する女子ほど、怖いものはない。
だから。
大学内では透和との関係は隠し、他人の振りを貫いてきた。
それを。
その私の苦労を、この男はたった一言で踏み潰しやがった……っ。
(私が今までどんなに苦労して隠してきたと……っ)
「覚悟しておけよ?」
怒りに震える私に、透和が私の反応を面白がるように囁いた。
その言葉と表情に、ようやく気付く。
(透和は、怒ってるんだ……)
考えてみれば、当たり前だ。
私みたいな平凡極まりない女に別れ話を切り出された、なんて。
きっと透和のプライドが許さなかったんだろう。
(もっと言葉を考えるべきだった……)
そう思っても、今更遅い。
ショックのあまり言葉もない私に対し、透和はとてもとても楽しそうに微笑んだ――。