彼の思い
「……ふざけんな?」
言い切って、肩で息する私の耳に、ポソリと透和の声が聞こえた。
「それは俺のセリフだ」
感情を無理矢理抑えたような、低い声。
(怒ってる……)
「黙って聞いてりゃ言いたい放題」
当然だ。
あれだけ好き勝手言われて、透和が怒らない訳がない。
「俺が奈夕を好きじゃない?お前は俺をなんだと思ってやがる。つか、そもそも俺は浮気なんてしてねぇんだよ!」
感情の高ぶりからか、透和の声が怒鳴るように、段々大きくなっていく。
「っ、嘘!浮気してたじゃない……っ」
その事実に体が竦む。
でも。
「してねぇよ!あれは……っ」
怒鳴る透和の声が。
「あれは……何よ?」
表情が。
「っ、あれは、ダチの女に協力して貰ってただけだ」
怒りながらも苦しそうで。
胸が締め付けられた。
「はぁ?」
その声に。
「っ、お前が悪いんだろうが!」
表情に。
「何が悪いってのよ……っ!?」
透和の言葉の意味は、よく分からなかったけど。
「っ、……確かに、嘘吐いてたことは認める。でもそれは――振りだ」
何か、大きな勘違いをしてるのかもしれない。
「意味、分かんない……」
そう思った。
「……ダチに、言われたんだ。お前がホントは俺のことを好きじゃないんじゃねぇか、って」
静かに、透和が話し出した。
「はぁあ?」
その内容が予想外すぎて、驚く私に構わず。
「だってそうだろ!?」
叫ぶように、透和が言った。
「人の目のあるところでは他人の振りをする。一緒に外にも行きたがらない」
私はそれをただ聞いてるしかなくて。
「友達に会わせるって言っても嫌がる。イベントの日にドタキャンしても怒らない」
次々と紡がれる透和の言葉に。
「“好き”って言う言葉一つ言わない」
口を挟むことは出来なかった。
「こんなの……、恋人じゃねぇだろ!?恋人なんて呼べねぇだろ!呈のいい遊び相手と一緒じゃねぇか!」
反論なんて、浮かびもしなかった。
「俺のこと、何だと思ってんだよ!?」
ただ呆然と、叩き付けられる透和の叫びを聞いていた。
肩で息する透和を見詰めながら、私は。
今さっき聞いた一つの言葉が引っ掛かっていた。
――「“好き”って言う言葉一つ言わない」
私は透和が好きだった。
だから。
そのことをちゃんと態度に出してたし、言葉でだって――。
(……あれ?)
はた、と思考が止まった。
心の中では何度も思ってたし、小夏にだって言ったけど。
透和に対しては――、
「私、好きって言ったこと……」
――なかった、かも。
付き合う時も、「付き合わないか?」「いいよ」だったし。
その後も、甘い言葉なんて……。
「ねぇよ」
小さく呟いた私の言葉を聞き取って、責めるように透和が言った。
「で……でも、透和だって言ってくれたことなかったじゃない!」
言い訳のように叫ぶ言葉は、すぐに言い返される。
「好きに決まってんだろ!じゃなかったら、告白なんかしねぇよ!気付けよ……ッ」
「そんな……だって、じゃあ」
私の、したことは――。
口元を両手で押さえた。
「お前、ちょっとでも俺を好きだったことあんのか?いつもいつも、俺ばっかり好きで……っ」
叫ぶように問いかける透和の声は、悲痛に満ちていて。
その苦しみが、私にまで伝わってくる。
「――っ」
目が、熱かった。
胸が痛い。
私が否定してしまったのは。
「なぁ、どうしたら、お前は俺を好きになるんだよ……!なぁっ!」
――こんなにも不器用で真っ直ぐな、透和の気持ち。




