仕組まれた再会
扉を開けた体勢のまま、体が固まった。
窓の前に、透和がいた。
私が来るなんて思ってもいなかったんだろう。
透和の目が驚愕に見開かれてる。
多分、私も似たような顔をしてるんだろう。
何で。
どうして。
そんな言葉ばかりが頭を巡る。
その時。
トンッ。
背中を押されて、部屋の中に押し込まれた。
「っ!?」
バンッ。
すぐに前のめりになった体勢を立て直して後ろを振り向いたけど、既に扉は閉められていて。
慌てて扉の前に駆け寄れば、扉の向こうから声がした。
「悪いな!」
前、売店帰りに声をかけてきた男の声だ。
「な――」
「カズ、どういうつもりだ?」
声を出そうとした私を遮って。
低く、唸るように、透和が声を出した。
「っ」
自分に向けられたわけでもないのに、声に含まれた怒気に、体が竦んだ。
けど。
扉の向こうにいる男は、そうでもなかったみたいで。
「どういうも何も、そのままだ」
怯えた様子もない、あっけらかんとした声が返ってきた。
「……何?」
透和が鋭く扉を、多分扉の向こうにいる男を、睨みつけてる。
「お前らに足りないのは会話だ。そこで一度じっくり話し合え!」
扉の向こうで、男が言った。
何がどうなってるのか。
突然の事態に、頭がついていかない。
扉の向こうでは、まだ何か男が喋ってる。
「だいたい――」
その声を、遮るようにして。
「奈夕!」
扉越しに小夏の声がした。
「こ……小夏!何?どういうこと!?」
知っている友達の声に、ホッとしつつ。
それでもまだ混乱のままに問いかければ。
「私も、あんたたちには会話が足りてないと思う」
扉の向こうで、小夏が言った。
「かい、わ?」
「そう、何で別れようと思ったか、ちゃんと話したら?」
「それは……っ」
いきなり言われた内容に、言葉が詰まる。
(何で今そんなこと……っ)
混乱する私なんてお構いなしに、
「話が終わったら出してあげるから。ちゃんと話し合うのよ?」
「じゃーな」
二人はそんな捨て台詞を吐いて――立ち去った。
「え、ちょ……っ」
遠ざかる足音に慌てる私の後ろで、声がした。
「……どけ」
「っ」
透和は固まる私を押しのけて、扉に手をかける。
ガチャガチャ……ッ。
「っくそ!開かねぇッ。マジで閉じ込められた!」
ガンッ。
透和がイラついたように扉を蹴った。
でも、扉は少し揺れただけだった。
閉じ込められた?
(え、どういう、こと……?)
突然のことに、頭がついていかない。
――「話が終わったら出してあげるから」
さっき小夏はそう言った。
話が終わったら?
と、いうことは――。
(話が終わって小夏たちが来てくれるまで、この部屋に二人きりってこと……?)
なんて、ようやく思い至った事実に固まっていると、
「――さっき」
少しの沈黙の後、唐突に透和が声を出した。
「何か言われてただろ、ドア越しに」
声につられて、顔を上げる。
「話ししろとか、別れた理由とか。……やっぱ何かあるのか?」
「っ」
扉を背に私を見下ろす透和と――目が合った。
久しぶりに間近で見る透和は、やっぱり綺麗だった。
(……少し、痩せた?)
電気のついてない部屋の中は薄暗くて、はっきりとは分からないけど。
最後に見た時よりも頬の肉が少なくなって、より一層、現実味の薄いその美貌が増してるような気がする。
そんな透和の、私を見下ろす目は鋭くて。
そして何故か――泣きそうに見えた。
(なんで……、何でそんな目で私を見るの?)
ドクリ。
心臓が高鳴る。
「なぁ、どうなんだ?」
再度聞かれた言葉に、ようやく思考が再開する。
――「何で別れようと思ったか、ちゃんと話したら?」
何で別れようと思ったか。
別れた、理由。
(そんなの今更言ったって――)
脳裏に聞こえる小夏の声を否定しようとした時。
“強くなりたい”、と。
ついさっき、廊下で願ったことを思い出した。
今更だ。
今更、何を言ったところで、何かが変わるわけじゃない。
でも。
全部ぶちまければ。
気持ちの区切りくらいは、つけられるだろうか。
前に、進むことが出来るだろうか。
「……きよ」
「は?」
ポツリと呟いた声に、透和が眉を寄せた。
「浮気を……容認出来るほど、出来た女じゃなかったの」
私が、もっと出来た女だったら、良かったんだろう。
透和の浮気を“仕方ないわね”って、笑って許せるくらい心が広ければ良かった。
でも。
私は心の狭い女で。
弱くて。
言い訳を並べて、“浮気なんかじゃない”って自分を誤魔化さなきゃ、心を護ることさえ出来なかった。
だから――。
「一人で何でもかんでも完結させてんじゃねぇ!」
理由を口にした私の言葉を、苛立ったような透和の怒鳴り声が遮った。
「容認しろなんて誰も言ってねぇだろ!言えば良かっただろ!?言えよ!言わなきゃ何も始まんねぇだろうが!言ってもらわなきゃ、何考えてんのか分かんねぇよ……っ」
「言えるわけないでしょう!?」
咄嗟に、怒鳴り返していた。
もうメチャクチャだ。
「透和が、私のこと恋愛対象として好きじゃないのは知ってたよ」
何で透和がここにいるのかも。
「私が魅力的じゃないのだって、分かってる」
いきなりこんなコトした小夏の真意も。
「だから、透和が浮気するのだって、当然なんだろうってのも……知ってる」
自分が今、何を感じているのかさえも。
「だけど!」
分からなくて。
頭ん中、ぐちゃぐちゃで。
何かもう、どうでもいい。
「だからって、傷付かないわけじゃないんだから……!」
全てぶちまけて。
「浮気するなら、もっと上手くやりなさいよ!それとも何?私なら浮気がバレても大丈夫だとでも?馬鹿にしないでよ!ふざけんなッ」
それで全部、終わりにしよう。




