食い違い(小夏視点)
「とにかく俺は、あの女をトウワに会わせたいんだ」
私を真っ直ぐに見つめたまま、氷室が言った。
冷静な態度が、癇に障る。
だから、鼻で笑って言葉を返した。
「はっ、何だってそんなに会いたがるのよ?今更になって惜しくなったってわけ?自業自得でしょ」
氷室はそこで、表情を変えた。
私の言葉の何かが、奴の琴線に触れたらしい。
怒りを露わにした。
「自業自得?ふざけんなッ!トウワを弄んで捨てようとしてんのはそっちだろうが!」
「弄ぶ?それはこっちのセリフよ!」
怒りのままに叫ぶ氷室に、私もまた叫び返す。
「なんだと!?」
下から氷室が睨みつけてくるけど、そんなの全く怖くない。
それよりも言われた言葉にムカついた。
(ホンット、ふざけんなッ)
いったい何見たら、奈夕が弄んでることになんの!?
どこからどう見たって、あの男が奈夕を弄んでるんじゃない!
それを自分が振られたのが悔しいからって、そんなこと――。
そこまで考えて、ふと。
(……あれ?)
本当に、ふと。
疑問を感じた。
今までずっと、奈夕が言うように、藤咲は振られたことでプライドが傷つけられて怒ってるんだろうって思ってた。
大学内で藤咲を知らない者はいない。
観賞用としては、この上ない極上の美形だから。
私だって、遠目になら何度も見る事はあった。
そして。
遠くから見てても、あいつが“女”を見下してるのは透けて見えてた。
そんな見下してた“女”の一人である奈夕に、一方的に別れを切り出されて、避けられて。
プライドだか見栄だか知らないけど、そんなくだらない感情で。
意地になって、奈夕に執着してるんだろうって。
でも。
(そんなプライドの高い男が、自分が“弄ばれた”なんて、他人に言う?)
何だかそれは変な感じがした。
自分が“弄んだ”、ならともかく。
“弄ばれた”、だなんて。
そんな屈辱的なこと、プライドが高ければ高いほど言えないんじゃないだろうか。
チラ。
氷室を見ると、奴も何か思うところがあったのか、口に手を当てて何やら考え込んでいる。
「――ねぇ、なんか食い違いが起こってない……?」
「俺も思った……」
私と氷室の主張は、全くの逆。
こういう場合、普通ならどっちかが嘘を吐いてるってことになるんだけど。
(嘘を吐いてるわけじゃ、なさそう)
ちょっと冷静になって見てみると、氷室は嘘を吐いてるようには見えなかった。
「なぁ、ちょっと俺らがそれぞれに聞いてる話をまとめないか?」
言われて、頷いた。
だって。
今のままじゃ、何も分からない。
十分な情報がないんじゃ、まともな判断なんて出来やしない。
きっと、当事者以外が見ることで。
客観的に見ることで。
見えてくるものがある気がするから。
◇◇◇◇◇
――そして。
互いの情報を交換し終えた私たちは。
「あ……あいつ……っ」
「あーのーこーはぁーっ」
揃って、机に突っ伏していた。
(擦れ違ってる……!全力で逆方向に擦れ違ってる……!)
「……どうしたらいいと思う?」
言われて、チラリ、と目線だけを氷室に向ければ。
前の席に向かい合わせで座ってた氷室が、同じように突っ伏してた上体を起こして、疲れたような顔で私を見てた。
「そうね……」
きっと私も同じような顔をしてるだろう。
氷室と話し合うことで見えた二人の現状は、思わず脱力してしまうほどのモノだ。
このやり場のない感情をどうしたらいいんだろう。
そう思ってしまうくらいには。
だけどそのことに気付いた以上、今の状態を続けるわけにはいかない。
「一度しっかり話し合えば、あっさり解決しそうな気がするけど……」
「話し合えっつっても、松本の方が頑なに会うの拒否ってんじゃん。話す前に逃げ出すぞ。んで、それにトウワが逆上して、そのせいで松本はさらにトウワを避ける、と」
嫌な連鎖が出来上がってしまってる。
気付いてしまった私たちにしたら、くだらなすぎることだけど。
奈夕たちがそれで傷付いてるのは、紛れもない事実。
「強制的にでも二人で話せる状況を作れたらいいんだけど……」
それが出来ないから悩んでるわけで。
言葉にするのは簡単でも、実現させるのは難しい。
ままならない現状に、思わず溜め息が出そうになった時、
「――いや、待てよ。……もしかしたら何とかなるかもしれない」
何か考えるように顎に手を当てた氷室が、ポツリと呟いた。




