切っ掛け(透和視点)
ネタバレが嫌いな方は、奈夕サイドの本編が終了した後に透和サイド(透和視点、とある友人視点)を読むことをお勧めします。
「っ、ざけんな……!」
衝動のままに、その体をソファーに押し付けた。
「ゃめ……っ」
彼女が紡ぐ言葉をこれ以上聞きたくなくて。
声を奪うように、幾度も角度を変えて口腔を貪った。
我に返った時には、全てが遅くて。
床の上、涙でぐちゃぐちゃになった顔の奈夕が、焦点の合わない瞳で天井を見つめていた。
「俺、別れるつもりねぇから」
言った言葉は、聞こえていただろうか。
◇◇◇◇◇
奈夕と出会った日のことは、今でもはっきりと覚えてる。
大学二年の四月の初め。
何かが掛けられる感触に、目が覚めた。
薄目を開けて、確認すれば。
同い年くらいの女が、俺の体に何かを掛けている所だった。
知らない女だった。
物心ついた頃には、俺と周囲の間には溝が出来ていた。
大人も子供も俺から距離があることには違いなかったが、大人の方がより顕著だった。
俺の家がそれなりに成功してる金持ちだったことも理由の一つなんだろう。
周りの奴らは俺の顔色を伺い、距離を取るくせに、何かあれば繋がりを得ようと擦り寄ってくる。
中学生になった頃からは、それに色恋沙汰も入るようになった。
女たちは傍に置いて欲しいと、胸糞が悪くなるくらいの猫なで声で近付いてくる。
大学に入った後もそれはかわらず。
というか年々酷くなっていってる気がする。
どこに行っても、人、人、人。
人が群がってくる。
それが煩わしくて。
講義の空き時間は、人のあまり来ない場所で一人、時間を潰してた。
でも、この間。
――「あー!トウワ君、こんなとこにいたぁ!」
――「ねぇ、何してるの?」
一年の後半からよく利用してた昼寝スポットが、煩い女共に見つかって。
人気が殆どなかったはずのその場所が、毎日、女たちで溢れかえるようになってしまった。
それで。
新たに一人になれるような場所を探して――たどり着いたのがこの場所だった。
図書館裏の狭いスペースに植えられた芝生と桜の木。
塀と図書館の壁に挟まれているわりに完全な日陰ではなく、適度に日の光も差し込んでる。
――いい場所を見付けた。
そう思って、桜の下に腰を下ろした。
(……寝てたのか)
つらつらと回想をして、今の現状を理解する。
女のことは全く見覚えがないが。
どうせこいつも同じだろう。
俺の周りにいる奴らは。
小さなことでも「これをした」「あれをした」と、一々主張してくるような奴らばかり。
だから。
この女も、俺に何かを掛けてきたその手で、俺を揺り起こすんだろう。
起こして――、自分は気の利く女なんだと、アピールする為に。
(くだらねぇ)
そう思いつつも、動かなかった。
正確には動くよりも前に、女が離れた。
そしてそのまま、声もかけずに立ち去って行った。
初めてだった。
今まで俺の周り寄ってくる女たちは。
小さなことでも「これをした」「あれをした」と、一々主張してくるような奴らばっかりで。
大なり小なり、俺からの見返りを求めてた。
だから。
見返りなんて必要ないとばかりに。
声もかけずに、自分のしたことを知らせもせずに。
立ち去る女なんて――。
初めて、だったんだ。




