表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/33

油断


ガタッ、と席を立った。



「あれ?どこ行くの?」



隣で次の講義の用意をしてた小夏が、不思議そうにこっちを見る。



「マーカーのインク切れたから、ちょっと売店行ってくる」

「……私も一緒に行こうか?」



心配そうに聞いてきた小夏に、笑顔で答えた。



「売店行ってくるだけだし、大丈夫」



透和とは校舎裏で会話したあの日以来、顔も合わせてない。

何でも小夏が友達や知り合いに情報提供を頼んだみたいで、透和が近付いてくると小夏のケータイに連絡が来るようになった。

それで、連絡が来るたびに逃げてたんだけど。

最近では連絡が来る回数も少なくなってきた。

チラッと壁に掛けられた時計を見る。

次の講義まで十五分程度。

わざわざ付き合わすのも悪い。

それに。

この間、後期テストも終わったし、講義も今日が後期授業の最終日だから。

明日からはもう、今までみたいに逃げることもなくなる。

今日は、後二つの講義で終わりだ。

来るとしても、最終講義直後だろう。

(それさえ乗りきれば大丈夫)

そんな変な安心感もあった。

だから。

油断し過ぎていたのかもしれない。




◇◇◇◇◇




売店からの帰り道。



「――なぁ」



声をかけられた。



「あんたが、松本奈夕?」

「え?」



振り返った先にいたのは、一人の男子学生。

透和ほどではないけど、割と整った顔をしてる。



「そうですけど?」



初めて見る人だ。

何なんだろう?

怪訝な顔になった私に気付いているだろうに、男はジロジロと私を見下ろしたまま、口を開かない。



「あの……っ」



痺れを切らして言いかけた言葉は、喉の奥に消えていった。

だって、男の目を見てしまったから。

冷たい、目。



「……っ」



私を軽蔑しきってるとでも言うような、冷たい目をしてた。



「――あんたさァ」



萎縮して言葉を引っ込めた私を見て、男が口を開いた。

低い、声。

ビクッ、と体が強張った。

(怖い……)



「自分のやってること、分かってる?」



ヒュッ。

喉が鳴った。



「な……何です、か?私のしてることが、なんだって……」

「うわ、もしかして自覚なし?最悪」



(何で……、何でそんなこと言われなくちゃいけないの?)

理不尽すぎる物言いに、心の中で反発の言葉が浮かぶ。

でも、男の冷たい眼差しが怖くて。

強く言い切ることが出来ない。



「……っ」



泣きそうだった。

でも。

こんな見ず知らずの男に理不尽に罵られて、泣きたくなんてなかった。

そんなことをすれば、目の前の男はさらに冷たい目でこっちを見てくるだろう。

そんなのは嫌だ。

だから。

歯を食いしばって、恐怖を(まぎ)らわした。

その時、



「ちょっとあんた!何してんの!」



少し離れたところから、救いの声が聞こえた。



「っち」



男が舌打ちした。

見れば、階段下から駆けてくる小夏の姿があった。

駆け寄ってきた小夏は、私を背後に(かば)うようにして身を割り込ませた。



「へぇ、ナイトのご登場ってか?」



皮肉げに言う男に気圧されることなく、小夏は睨み返してた。



「ど……、して」



それを見て、ようやく声が出た。

小夏の登場で気が抜けたからか。

情けないくらい、小さな声だったけど。



「やっぱり心配になって。追いかけて来たの」



小夏はしっかりと返事を返してくれた。



「この子に何したの?」



小夏が、男に問いかける。

それに男はひょいと肩を(すく)めてみせた。



「別に何も?ただお喋りしてただけだけど?――なァ?」

「っ」



ふいに振られた話と、向けられた視線。

肩が揺れた。

そんな私の反応を見て、小夏の(まと)う空気がさらに冷たくなる。

男を睨みつけたまま、小夏が言った。



「……そう。なら喋ってたとこ悪いけど、私たち、次の講義がもう始まるの。話なら別の機会にして」



言うだけ言って、小夏は男の反応を見ることなく踵を返した。



「――ほら、早く行こ」

「う、うん……っ」



振り向いた小夏に言われた言葉に、返事をするや否や。

小夏は私の手を握って、足早に歩き出した。

手を引かれ、男の横を通り過ぎる。



「いつも誰かに護られて。自分一人じゃ反論一つまともに出来ねぇんだな」

「っ」



嘲笑(ちょうしょう)すら含まれた侮蔑(ぶべつ)の言葉。

背後から投げかけられる男の声から逃げるように、小夏に引かれるまま、階段を駆け上がる。


もう二度と会いたくない。

そう思った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ