提案と協力(小夏視点)
奈夕から無理やり話を聞き出した、次の日。
私は一人で、大学近くの喫茶店に入った。
カウンターにいるマスターにアイスティーを一杯頼んで、一番奥のテーブル席に腰を下ろす。
今日、奈夕は大学を休んだ。
というか、昨日の今日だからと、奈夕を説得して大学を休ませた。
奈夕は今、私の部屋にいる。
昨日の様子からして、あの男は――藤咲透和は、今日もいるだろう。
何の対策も取っていない今の状態で、奈夕を大学に来させるべきではない。
◇◇◇◇◇
奈夕が泣き疲れて、眠ってしまった後。
私はメールを打った。
女子同士のネットワークは広い。
“藤咲透和”が奈夕を連れ去りカフェテリアで一緒にご飯を食べたという話は、次の日には大学にいる大半の女子の知るところとなった。
そのせいで、奈夕の友達である私のケータイには事情の説明を求めるメールが大量に来た。
奈夕のところにもメールは出してるみたいだけど、奈夕が半年くらい前にしたメアド変更を知らなかったみたいで。
送っても戻ってきてしまうようだ。
(私も、着拒かメアド変更したい)
そう思ったけど、しなかった。
それは。
――“使える”と思ったから。
届いた大量のメールの中には、私の知らないアドレスからのものも多くあった。
このアドレスの奴らは、きっと奈夕が“藤咲透和”と一緒にいるのをよく思っていない奴ら。
あの男は顔がいいから、それに惹かれた、熱狂的とも言えるファンがいる。
多分、その中の一部。
私は、その知らないメアドの奴ら全員に、一括送信でメールを送った。
【説明するから、会えませんか?】
そういう内容のメール。
人気のない所で会うのは流石に怖かったから、会う場所には大学近くの喫茶店を指定した。
来るかどうかは、賭けだった。
でも。
――カランカラン。
彼女たちは来た。
私が喫茶店に入って、三十分もしないうちに。
来た。
私が一括送信で送りつけたメールは三十通くらいだけど、来たのは八人だけ。
でも誰も来ない可能性もあったから、八人だけでも十分だった。
「さぁ、どう説明してくれるつもり?」
八人の中で、一番気の強そうな茶髪の女が言った。
(ここが勝負どころだ)
テーブルの下で、ぐっと拳を握って。
「貴女たちに、提案があります。――協力、してくれませんか?」
私は話出した。
そして話をして――。
私は、八人からの協力を取り付けた。
説得は簡単だった。
「あなた達は、藤咲君が奈夕と一緒にいるのが嫌なんでしょう?私は二人を別れさせたいの。奈夕も、もう藤咲君とは会わないって言ってる。だから――」
協力して。
そう言っただけ。
奈夕は藤咲に会いたくない。
彼女たちは藤咲と奈夕を会わせたくない。
利害は一致してる。
だから。
味方につけたいと思った。
協力関係になった彼女たちほど、心強いものはない。
彼女たちだって、何も考えてない馬鹿じゃない。
いろんなことを考えてる。
裏にどんな思惑があるにせよ。
利害が一致してるなら、協力しない手はない。
多少気に入らなくても、それを我慢できるくらいには、私たちは大人になっている。
それから、細々とした協力の内容を話し合って。
全員と正式にメアドを交換して。
彼女たちは、喫茶店を出て行った。
私は一人、店の中に残って。
それまで手をつけてなかったアイスティーに、ようやく口をつけた。
彼女たちのネットワークは凄まじい。
話し合いの結果。
藤咲が奈夕のところに行こうとしたら、すぐにメールで知らせてくれることになった。
これで、あの男が奈夕に接触する前に奈夕を逃がすことが出来る。
実際にそんなに上手くいくかどうかは、分からないけど。
それでも、何もしてなかった時よりは前進した。
その事実に、ホッと息を吐く。
カラン、とグラスの中の氷が鳴った。
そっと目を閉じる。
心の中、もう一度、思いを言葉にした。
(奈夕、絶対に護るから……)
だから、どうか一人で泣かないで。




