友達(小夏視点)
奈夕の泣き声が、今もまだ耳に残ってる。
泣き疲れてソファーの上で眠る奈夕を見やりながら、仲良くなった時のことを思い返していた。
大学に入った時、私には彼氏がいた。
相手は別の大学に通う、高校の時の同級生。
大好きだった。
私は一つのことにのめり込むと、周りが見えなくなる性格で。
当時は、全てにおいて彼氏優先だった。
大学の講義よりも、彼氏とのデート。
友達よりも、彼氏。
そんな私だったから、友達との会話も殆どが彼氏の話題だった。
そんな時に必ず、忠告めいたことを言ってくる女がいた。
「ちゃんと講義は出た方がいいんじゃない?」とか。
「彼氏一色になりすぎてないで、他のこともやったら?」とか。
それが、奈夕。
他の友達は「仲がいいね」とか、「羨ましいな」とか、肯定的な言葉ばかり言ってくれたのに。
奈夕はそんな説教染みた言葉ばかり。
今なら、奈夕が彼氏にのめり込みすぎてた私を心配して言ってくれてたんだって分かるけど。
当時は、そんなの余計なお世話としか思えなくて。
(口煩い女。自分が彼氏いないからって、僻んでるんじゃないの?)
なんてことまで思ったりしてた。
私には彼氏が全てで。
彼氏さえいれば、それで良かった。
だけど。
夏になる前に、私は振られた。
最後に彼から言われたのは、「気持ちが重かった」だった。
私の気持ちは、彼には重すぎたらしい。
振られた日、私は何も考えられなかった。
気付いたら夜が明けて朝になってた。
大学の講義がある日だったけど、とても行けるような気分じゃなくて。
誰にも言わずにサボった。
講義が始まってすぐの時間には、【どうしたの?】とか、【講義始まってるよー】とか、メールが来てたけど。
それだけ。
返事をしなかったら、次のメールは来なかった。
心配して電話してきてくれたのなんて。
『今日、大学来てなかったけど、どうしたの?』
――奈夕だけだった。
「っ」
ケータイ越しに聞こえる奈夕の声に、涙が溢れた。
喉がつかえて、言葉が出なくて。
『……どうしたの?何かあった?』
向こうにまで、私の嗚咽が聞こえたんだろう。
奈夕のトーンが変わった。
『今、どこにいるの?』
「っ、いえ……っ」
『分かった。今、そっち行く』
それだけ言って通話を切った奈夕は、それから三十分もしないうちに私の住んでるマンションに来た。
奈夕は、ありきたりな慰めの言葉は言わなかった。
ただ静かに、私の話を聞いてくれて。
私に、買ってきた食材で雑炊を作ってくれた。
「昨日から何も食べてないんでしょ?」
そう言って。
泣き疲れて、涙は枯れたと思ってたのに。
その言葉でまた涙が出た。
泣きながら雑炊を食べる私に、何も言わず。
奈夕は黙って、傍についててくれた。
パサッ。
寝室から取ってきたブランケットを、眠る奈夕の上から掛ける。
そのままそっと彼女の寝顔を覗き込めば、奈夕は悲しそうに眉を寄せて眠っていた。
(悲しい夢を見てるの?)
夢の中でも泣いてるんだろうか?
泣きすぎた奈夕の目元は赤くなって、涙の跡が残ってる。
せめて夢の中では笑っていて欲しくて。
そっと、奈夕の頭に手を伸ばす。
起こさないように気を付けながら頭を撫でれば、ホッとしたように悲しげに歪んでいた奈夕の顔が綻んだ。
それに胸を撫で下ろして、ソファーから体を離した。
あの時、私は奈夕がいてくれたから立ち直れた。
奈夕がいなかったら、今でもまだ引きずってたかもしれない。
奈夕には、いくら感謝してもしきれない。
だから、今度は私の番。
何かあったら、絶対助けてあげたい。
そう、思ってたのに。
ギリッ。
唇を噛み締める。
(私は、奈夕が笑顔の裏であんなに苦しんでたことに気付きもしなかった……!)
――「私が自分で隠してたんだから、気付かなくて当然だって」
そう、奈夕は言ってくれたけど。
私は自分が許せない。
そんなこと言ったら、奈夕が悲しむから言わないけど。
そう思う自分は変えられない。
だから、せめてこれからは――。
もうこれ以上、奈夕が泣くことがないように。
絶対、護ってみせるから。
小夏は依存体質。




