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第4話 好きだけじゃ足りない

 校舎の匂いを感じながら配属された教室へと向かう。

 一年二組が僕の学ぶ教室だった。古くなった校舎を改装したのが一昨年らしいので廊下も教室も綺麗さを保っていた。教室の天井には空調設備が備えられている。勉強する環境としては悪くない。暑さや寒さで集中力が切れるのは嫌だった。

 五月雨(さみだれ)理久りくというシールが張られた椅子を探すと席は窓から二列目の一番後ろだった。


「お隣ですね。何だか運命を感じてしまいます」


 僕の隣は乾さんだった。乾さんの席は窓際の一番後ろ。主人公席と呼ばれる場所だと由依が言っていたような気がする。何情報なのかは不確かだが乾さんは美人で品があるので主人公を名乗れる人物だ。乾さんにぴったりの席なのかも知れない。

 入学式が終わって早々に男子生徒や女子生徒が乾さんの話題を囁いていた。乾さんの粘着質な部分を知らないのは羨ましい。


「う、運命は……お、大袈裟かと……」


「これで授業に集中している五月雨君の横顔を常に眺められます」


「そういうのは止めて下さい」


 思わず普通のトーンで拒否してしまった。だって本心ですから。

 微笑んでいる乾さんを無視してクラスメイトを見渡す。本当なら一人一人によろしくと挨拶して回りたい。これから一年間クラスを共にするのなら最初が肝心だ。コミュニケーションの第一歩は挨拶だと父さんも言っていた。しかし僕は陰キャという存在に徹しなければならない。陰キャの人は自分から進んで挨拶しないと由依も言っていた。陰キャで通すのなら弱みを決して見せず最初の印象が大切だと父さんとは真逆の事を語っていた。

 いや待てよ。男子生徒なら問題ないよね。

 女子生徒との交流を限りなくゼロにすればいいだけの事。男子生徒と親しくしても告白される事は、と思ったが中学時代に男子生徒に告白された過去を思い出した。

 待て待て。慎重になり過ぎてないだろうか。

 一生に一度の高校生活。勉強も大事だが友達も大切にしたい。あの時こうだったよなって振り返って笑い合えるような出来事も欲しい。

 意を決した僕はクラスメイトの男子に挨拶する。


「あの……五月雨さみだれ理久りくです。一年間、よろしく」


「あ、あぁ。よろしくな」


 クラスメイトは目を隠す程に伸びた前髪や姿勢、雰囲気を感じ取って素っ気無く挨拶を返してくれた。教室にいる他の男子生徒にも挨拶を周ったのだが同じような対応をされてしまった。

 もしかして逆効果だったのかも知れない。初対面は見た目が全てだ。いくら礼儀正しく挨拶を交わした所で挙動不審気味の僕の態度では警戒心を与えただけだ。少し考えれば分かる事だった。僕は何を焦っていたのだろうかと反省する。

 肩を落として席に戻ると乾さんが「残念でしたね」と小声で慰めてくれた。


「で、ですけど……何もしないよりは……ましでした」


 僕の言葉を聞いて乾さんは何故か満足そうに微笑んだ。


「あ、あの……」


 声を掛けられて振り返ると席に向かえずに困っていた女子生徒が立っていた。

 座っている僕と目線がほとんど変わらない。小学生と言われても不思議でない程に身長が低かった。

 女子生徒は俯き加減で視線を泳がせている。恥ずかしいのか内ももを擦り合わせていた。


「さっきはありがとうございました」


「僕は何も……」


 視線を合わせずに冷たく言い放つ。本当なら手助け出来たのなら良かったですと言いたい所だが言えない。乾さん以外の女子生徒とは基本的に関わるつもりはない。


「そっそれと……鞄に付いている雫ちゃん……」


 雫という名前で心臓が少し跳ねた。もう勉強の成果が出せる機会が来ると予期していなかったので不意打ちだった。

 雫ちゃんとは僕の鞄に付いている美少女の名前だ。

 深夜アニメ非正規ヒロインの恋患いでメインヒロインなのが雫ちゃんなのだ。由依曰く、陰キャとアニメは切っても切り離せない関係だと紹介してもらえた。

 アニメに興味の無かった僕はイチからアニメの素晴らしさを勉強したのだ。もちろん王道のアニメは全て網羅した。ひせヒロは三周している。三周が必須だと由依から教わったからだ。肌の露出や少し破廉恥なシーンが多いが少女達の心理描写が丁寧にされていて面白かったというが本音だ。あまり有名では無いようだが個人的には満足している。

 僕にアニメの良さを語ってくれた由依はとても楽しそうだった。僕としても由依とさらに仲良くなれたようで嬉しかった。


「ひせヒロ。好きなんですか?」


 女子生徒は遠慮がちに聞いてくる。

 もう勉強の成果を発表したい僕は抑えきれない感情を宥めつつ大きく深呼吸した。

 姿勢を整えた所で黒ぶち眼鏡をくいッと指で上げる。


「好きという言葉だけでは足りません」


 そして僕は自分の胸にそっと手を置いた。

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