第3話 入学式前の一コマ
並べられたパイプ椅子。壇上には国旗が掲げられている。
僕は中学の卒業式を思い出して感傷に浸ってしまった。本当に高校生になったのだなと実感してしまう。由依と一緒に登校できないのが少しだけ寂しく思ったりした。由依は夜更かしが多いので朝が弱い。登校時間の早い僕は由依を起こす前に出発してしまうので少しだけ不安だった。
いや、家族として少し過保護すぎるかな。可愛い子には旅をさせろって昔の人が言っていた。
自立する為には見守る必要もあるのだろう。
新入生が座る場所に腰を下ろした僕は周りを見渡した。もちろん知らない新入生ばかりだ。仲良く出来ればいいなと不安と期待を入り交ぜていると一人の少女が目に入った。
身長の低い少女は新入生の席に座ろうとしているのだが端に座った男子生徒達のせいで席の間が通れずに困っている様子だった。空いている席は僕の隣に数席ぐらいしかない。男子生徒達はお喋りに夢中で少女に気が付いていない。
男子生徒達に組んでいる足をどかすように注意しようとするが止めた。
女子生徒に不必要に優しくするなと由依に言われている。手助けするぐらいで告白される訳がないと僕は思っているのだが由依は違うようだった。
さて、どうする。このまま見守るという選択肢もある。でも困っているのに気付いてしまったのに見て見ぬ振りなんて出来ない。そうだ。手助けしたと気付かれなければ大丈夫じゃないか。陰キャという人物を演じる事に固執し過ぎてしまった。
方法は一つじゃない。
鞄を抱きしめて立ち上がった僕は椅子と椅子の狭い通路を歩いて「す、すみません……通りたいのですが」と弱弱しく発言した。
「何だよお前。逆側から通ればいいだろ?」
「すみません。こっちの方がトイレに近いので……」
「面倒くさ。さっさと通れよ」
僕の様子を見るなり男子生徒は高圧的な態度を取った。初対面に対する態度にしては圧が強い。友好的ではないのは分かる。
僕は近くで見守っていた少女に今の内に通れと目配せする。眼鏡越しなので伝わりにくいかと思ったが少女は小走りで僕が作った道を通っていく。
「陰キャのせいで邪魔が入ったな……んで、話の続きだけどさ――」
「あの! 僕を陰キャって言いましたか!?」
「何だよ気持ち悪いな……陰キャに陰キャって言って何が悪い?」
「ありがとうございます」
本当に陰キャに慣れているのか自信が足りなかった所を見知らぬ人に励ましてもらった。この人達はもしかしたら良い人なのだろうか。背中を押されたような気がした僕は「あいつ頭おかしいんじゃね?」と笑い声を背中で聞きながら小さく頷いた。