第1話 罪悪感の行方
制服に着替えた僕は鏡で自分の姿を確認する。
制服に皺は無い。ブレザーのネクタイも曲がっていない。髪は夏から切っていないので前髪は目元を隠している。黒ぶち眼鏡も慣れてきたので違和感がない。鞄には美少女アニメのキーホルダーも付けた。準備万端だな。
スマホで時刻を確認すると朝の五時過ぎだった。電車の始発まで余裕はある。
すると父親からメッセージが届く。
入学式出れなくてすまない。最高の高校生活を過ごしてくれ。
絵文字もスタンプも無い父親らしいメッセージだったが僕の心を温めた。父親は建設の現場監督として海外に出張している。一年に数回しか会えないのは寂しいけれど遠い異国で父さんも頑張っているのだと思えば勇気が出る。
玄関に向かう前にリビングの片隅に飾られた写真に手を合わす。
「母さん。天国で見守っていて下さいね。じゃあ行って来ます」
電気を消して静かに家を出ようとすると由依が部屋から出てきた。
「お兄ちゃん行ってらっしゃい」
寝ぐせで綺麗な髪が跳ねている。久しぶりに寝ぼけた由依の姿を見た気がした。
眠たいのに僕の出発に合わせてわざわざ起きてくれたのだろう。本当に可愛い妹を持って僕は幸せだなと微笑んだ。
「ありがとう。行ってくるよ」
「行ってらっしゃいのキスは大丈夫?」
「気持ちだけ貰っておく」
「あとその鞄に付けてる雫ちゃんキーホルダー無くさないでよ。限定品なんだから」
「分かってるよ。じゃあ行ってくる」
家を出て駅まで向かうと地下の改札の前で見知った人物が立っていた。
僕が通う学校の制服を着た少女は僕に気が付くと笑顔で遠慮がちに手を振った。少し古臭い地下の通路に似合わない可憐な雰囲気は駅員の男性も不思議がっている様子だ。
お互い挨拶を済ませた所で僕は尋ねる。
「何で乾さんがこの駅にいるのかな?」
「五月雨君と学校に通う為です。ご迷惑でしたか?」
乾さんが首を傾げると長い艶のある黒髪が揺れた。地下のくすんだ照明でも綺麗な髪だと分かる。
「迷惑じゃないよ。でも車で向かうって聞いたけれど?」
乾さんとは中学が同じでクラスも一緒だった。妹の由依と仲が良く僕が自宅から離れた高校に通うと知ると同じ高校を受験した。本当は誰も知り合いのいない高校が良かったのだけれど仕方がない。由依も乾さんと仲良くするのは許してくれる。
「五月雨君と一緒に登校するという機会が巡ってきたのですよ? 逃す訳にはまいりません」
「何だか圧が強いんだけど……それで僕はどう見えるかな? 中学時代とは印象が違うと思うのだけれど……」
「そうですね。とても野暮ったい印象を受けます。少し猫背気味に歩いているのはわざとですか?」
「由依からのアドバイスだよ」
「事情は由依ちゃんから聞いています。ですが……五月雨君は本当に真面目ですね。見た目が野暮ったく見えるように努力されたのは理解出来ます。そういう所も素敵です」
「別に無理に褒めなくて大丈夫だからね。あまり距離を詰められ過ぎると……その……困るから……」
「分かっております。恋愛恐怖症の五月雨君を追い詰めても私にメリットはありません。では参りましょうか」
改札に入って駅のホームに向かう乾さんはとても楽しそうだった。
僕を恋愛恐怖症にさせた内の一人が自分なのだと理解しているのだろうか。
僕は乾さんに一年もの間、ストーカーされていたのだ。
乾さんの罪悪感の行方を考えながら僕は一つ大きくため息を付いた