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第9話 女学校創設

 アシュトンの承認を得て、クレイヴス領に「女学校」が創立された。古い城の離れを改築した簡素な学び舎だが、その扉は、この領地の、そしてこの国の未来を変える可能性を秘めていた。

 開校の日。アシュトンは公務のため出席できなかったが、セレスティアが代理として入学式に出席した。集まったのは、領内の医者や商家の娘たち。皆、裕福な家の出身で、身なりは整っているものの、その表情にはどこか戸惑いや、諦めにも似た影が差しているように見えた。

 セレスティアは、壇上に立ち、彼女たちの顔を一人ひとり見渡した。彼女たちの瞳には、「ここから本当に医者や技術者が生まれるのか?」という、世間の常識に囚われた疑問が色濃く浮かんでいる。女性が学問を修め、専門職に就くなど、この社会ではまだ夢物語なのだ。

 セレスティアは、祝辞を述べ始めた。


「皆さん、ようこそこの女学校へ。皆さんが今日、この場に立っていること、それは未来への大きな一歩です。この学び舎は、単に知識を得るだけの場所ではありません。皆さんが、ご自身の可能性を信じ、社会で活躍するための礎を築く場所です」


 しかし、彼女たちの顔に浮かぶ疑念は晴れない。その空気を察したセレスティアは、意を決して言葉を続けた。


「世間には、女性が特定の分野で活躍することに、様々な偏見があるでしょう。女性には医者は無理だ、技術者は無理だと、そう思われているかもしれません。ですが、私は、断言いたします。そのような偏見は、決して真実ではありません!」


 セレスティアの言葉は、集まった娘たちの間に波紋を広げた。何人かは顔を上げ、真剣な眼差しをセレスティアに向けた。


「私たちは、この場所から、その偏見と戦い、打ち破っていくのです! 勇気を持って学び、新しい道を切り拓く。それが、皆さんの使命です!」


 セレスティアの力強い宣言に、ざわめきが起こる。しかし、その中の一人、いかにも生意気そうな商家の娘が、壇上のセレスティアに向かって問いかけた。


「偏見と戦う、ですって? そんなこと、一体どうやってするんですか!?」


 その問いは、彼女たちの心に共通する疑問だった。この閉鎖的な社会で、どうやって長年の常識を覆すのか。セレスティアは、その言葉に詰まった。頭の中では、アシュトン様の言葉がこだまする。「偏見を変えていこう」。だが、具体的な方法を、彼女はまだ持ち合わせていなかった。

 即答できなかったセレスティアは、悔しさに唇を噛み締めた。そして、入学式が終わると、彼女は一目散にアシュトンの執務室へと向かった。


「アシュトン様! お助けください!」


 セレスティアは、今日の出来事をすべてアシュトンに話した。娘たちの疑念、そして生意気な一人の問い。


「『どうやって偏見と戦うのか』と聞かれて、わたくし、何も答えられませんでした……。アシュトン様、わたくしは、どうすれば……」


 セレスティアの瞳は、悔しさと、そしてアシュトンへの助けを求める光で揺れていた。彼女は、この新しい挑戦の難しさを、身をもって感じていたのだ。

 セレスティアの悩みに、アシュトンは静かに耳を傾けていた。そして、彼女の問いかけに、ゆっくりと口を開いた。


「偏見と戦う方法か……。それは、言葉で説得するだけでは難しい。実際に、その偏見が間違っていることを、行動で示すしかない」


 アシュトンの言葉に、セレスティアは真剣な眼差しを向けた。


「そこでだ、セレスティア。私は、ある大会を企画しようと思っている」


 アシュトンは、執務室の棚から、一つのボードゲームを取り出した。それは、「エンパイア・クラウン」と呼ばれる戦術ボードゲームだった。将棋に似た駒を動かし、相手の王を詰めるゲームで、この世界では古くから親しまれ、その腕を競う「名人戦」なども開催されている。


「このエンパイア・クラウンは、王都で名人戦が開催されているが、参加できるのは男性のみだ。女性が参加することなど、考えられてもいない」


 アシュトンの言葉に、セレスティアの表情にわずかな影が差した。


「だが、クレイヴス領では、その常識を打ち破る。この領地で、男女が等しく参加できるエンパイア・クラウン大会を開催するのだ」


 アシュトンの言葉に、セレスティアの瞳が大きく見開かれた。それは、まさに彼女が求めていた答えだった。


「この大会で、もし女性が男性を打ち負かし、その実力を示せば、世間の偏見は必ず揺らぐ。言葉で説得するよりも、はるかに大きな影響を与えることができるだろう」


 アシュトンは、エンパイア・クラウンの駒を手に取りながら、セレスティアに語りかけた。


「女学校の生徒たちにも、このゲームを学ばせよう。そして、セレスティア、お前が彼女たちの指導にあたってほしい。棋譜を研究し、戦略を練る。それは、医術や技術を学ぶ上で必要な、論理的思考力や洞察力を養うことにも繋がるはずだ」


 セレスティアは、アシュトンの提案に、感銘を受けていた。それは、単なるゲーム大会ではない。女性の能力を世に示すための、大きな舞台となるのだ。


「アシュトン様……! 素晴らしいご提案です! わたくし、必ずや、女学生たちと共に、この大会で結果を出してみせます!」


 セレスティアの顔には、先ほどの悔しさはなく、強い決意と希望が満ち溢れていた。

 こうして、女学校では、エンパイア・クラウンの研究が始まった。最初は戸惑っていた女学生たちも、セレスティアの熱心な指導のもと、少しずつゲームの面白さにのめり込んでいった。

 セレスティアは、夜遅くまで女学生たちと共に棋譜を並べ、過去の名人戦の記録を研究した。


「この局面では、この駒を動かすことで、相手の王を追い詰めることができるわ。見てごらんなさい、この手は……」


 セレスティアは、盤面を指しながら、熱心に解説する。女学生たちは、最初は難しそうに首を傾げていたが、セレスティアの分かりやすい説明と、実際に駒を動かして見せることで、次第に理解を深めていった。


「セレスティア様、この場合はどうすればいいですか?」


「この手は、どういう意味があるのですか?」


 質問が飛び交い、活発な議論が繰り広げられる。彼女たちの瞳には、知的好奇心と、そして「偏見を打ち破る」という共通の目標への情熱が宿っていた。

 エンパイア・クラウン大会に向けて、クレイヴス領の女学生たちの挑戦が始まった。彼女たちの手によって、この封建社会の常識が、少しずつ、しかし確実に揺らぎ始めるだろう。


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