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第15話 人々の声

 アシュトンの怪我からの回復と、マルコス商会の不正が暴かれたことで、クレイヴス領は再び平穏を取り戻しつつあった。そんな中、いよいよ「エンパイア・クラウン」大会が開催された。領内の老若男女が参加し、会場は熱気に包まれている。

 セレスティアと女学生たちは、この日のために血のにじむような努力を重ねてきた。男性参加者の中には、女学生が参加すること自体を冷笑する者もいたが、セレスティアは彼女たちに「偏見を打ち破る行動」を促し続けた。

 そして、大会は波乱の展開を見せた。

 予選を勝ち抜き、本戦に進出した女学生たちは、日頃の研究で培った論理的思考力と洞察力、そして大胆な戦略で、男性参加者を次々と打ち破っていったのだ。会場は、彼女たちの一手一手に驚きと興奮の渦に巻き込まれていく。

 そして、決勝戦。最後まで勝ち残ったのは、女学校のエース格だった一人の生徒と、長年この領地でエンパイア・クラウンの腕を鳴らしてきたベテランの男性棋士だった。息を呑むような攻防の末、最後に軍配が上がったのは――女学生だった。

 会場は一瞬の静寂の後、割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。誰もが、目の前で起こった信じられない出来事に、興奮を隠せない様子だった。

 大会後、領内ではエンパイア・クラウンの話で持ちきりになった。「女が男に勝った」という事実は、人々の間で、小さな、しかし確かな波紋を広げた。


「まさか、あの娘たちがこれほど強いとはな……」


「女性にも、あれほどの才覚があったとは知らなかった」


 直接的に「偏見がなくなった」わけではない。しかし、これまでの「女性に医者や技術者など無理」という固定観念に、小さな亀裂が入ったのは確かだった。一部の男性は未だ渋い顔をしていたが、多くの者は、女性たちの実力に驚きと、かすかな敬意を抱き始めたようだった。

 何よりも大きな「自信」

 しかし、この大会で得られた最も大きな成果は、世間の偏見が少しだけ変わったこと以上に、女学生たち自身が大きな自信を持ったことだった。

 優勝した生徒は、壇上で誇らしげに胸を張り、セレスティアに深々と頭を下げた。彼女たちの顔には、これまで感じていた「どうせ自分たちには無理だ」という諦めや不安は、一片もなかった。代わりに、自分たちの可能性を信じる、輝くような希望が満ち溢れていた。


「セレスティア様! 私たち、やりました!」

「私たちは、もっともっと強くなれます!」


 彼女たちの目は、未来を見据えていた。エンパイア・クラウンでの勝利は、単なるゲームの勝利ではなかった。それは、彼女たちが持つ無限の可能性を証明し、これから学ぶ医術や技術への意欲を掻き立てる、何よりも確かな成功体験となったのだ。

 セレスティアは、そんな彼女たちの姿を見て、胸がいっぱいになった。アシュトン様の言葉は正しかった。言葉だけではない、行動で示すことこそが、偏見を打ち破る最も確実な方法なのだと。


 そして、領地の人々の意識も変わりつつあった。


――農民視点――


「まさか、こんな日が来るなんてな」


 老いた農夫は、整備されたばかりの用水路から流れ込む清らかな水を見つめながら、しみじみと呟いた。以前は、いつ水不足に見舞われるか、収穫が減るかと怯える日々だった。それが今や、アシュトン様の命で始まった灌漑事業のおかげで、安定して水が使えるようになったのだ。


「前の旦那様じゃあ考えられなかったことだ。金は横領されるし、道はボロボロ。盗賊も好き放題だった」


 横にいた若い農夫が、土を拭いながら言った。


「アシュトン様は、俺たち領民のために本気で動いてくださる。道も橋も直してくれて、作物も運びやすくなった。おかげで、畑仕事もはかどるってもんだ」


「ああ、そして奥様もだ。あの女学校の娘さんたちが作った菓子は、とんでもなく美味いと評判だ。新しい作物もどんどん増えてるって聞くし、これからこの領地はもっと豊かになるだろうよ」


 農民たちは、アシュトンが打ち出した公共事業によって生活が改善され、セレスティアが始めた新しい産業に未来への希望を見出していた。彼らの目には、二人はまさに領地を立て直し、豊かさをもたらしてくれる「救世主」のように映っていた。


――官僚視点――


「まさか、あそこまで徹底されるとはな……」


 若い財務官僚は、机に山と積まれた書類を眺めながら、嘆息した。マルコス商会の不正が暴かれ、関連する貴族や官僚が処罰されて以来、領内の役所の空気は一変した。以前のような不正は影を潜め、誰もが戦々恐々としながらも、真面目に職務をこなすようになった。


「アシュトン伯爵様は、恐ろしい御方だ。あの目で見つめられたら、嘘などつけまい」


 別のベテラン官僚が、小声で呟いた。彼らはアシュトンの持つ「魔女の力」の存在を知っているわけではないが、その尋常ならざる洞察力と威圧感には、ただただ畏敬の念を抱いていた。


「しかし、そのおかげで、領地の財政は劇的に改善された。無駄が省かれ、金は適切に流れ、公共事業も滞りなく進んでいる。この効率的な領地運営は、これまででは考えられなかったことです」


 若い官僚は、前向きな意見を述べた。アシュトンは、不正を許さない厳しい一面を持つが、その分、公正で合理的な判断を下す。彼の指導のもとで働くことは、ある種の緊張感を伴うものの、自身の仕事が正しく評価されるという満足感も得られていた。


「そして、セレスティア伯爵夫人の存在も大きい。女性が医者になるなど、これまでの常識ではありえなかった。だが、エンパイア・クラウンの大会を見ただろう? あの娘たちの実力は、我々の想像をはるかに超えていた」


 ベテラン官僚は、感心したように頷いた。セレスティアが提唱した女学校とエンパイア・クラウン大会は、最初は懐疑的な目で見られていたが、その結果は、女性の可能性に対する官僚たちの認識を確実に変え始めていた。アシュトンとセレスティアは、この領地に新しい風を吹き込み、旧弊な常識を打ち破ろうとしている。官僚たちは、その変化の波に乗り遅れまいと、密かに決意を固めていた。


――女学生視点――


「ねえ、見た? 先日のエンパイア・クラウンの決勝戦!」


 女学校の休み時間、生徒たちは興奮冷めやらぬ様子で話し合っていた。優勝した友人の活躍は、彼女たちにとって大きな自信と誇りになっていた。


「すごいよね! 私たちだって、やればできるんだって、本当に思った!」


「最初は、まさか私たちがお医者さんになれるなんて、考えもしなかったけど……」


 一人の生徒が、はにかむように言った。彼女たちのほとんどは、親から「女に学問は必要ない」「嫁ぎ先さえ見つかれば良い」と言われて育ってきた。しかし、この女学校に入学し、セレスティアから指導を受ける中で、その考えは大きく変わり始めていた。


「セレスティア様がね、いつも『偏見と戦おう』って言ってくださるの。アシュトン様も、私たちを信じて、こんな大会まで開いてくださった」


「アシュトン様も、セレスティア様も、本当に優しいよね。アシュトン様が怪我をした時、セレスティア様がすごく心配していたのを見たわ。私たちも、もっと頑張って、お二方の力になりたい!」


 女学生たちの目には、未来への希望が満ち溢れていた。彼女たちは、アシュトンとセレスティアによって、自分たちが持つ無限の可能性に気づかされたのだ。医者になる夢、技術者になる夢。この場所でなら、きっとその夢を叶えられる。二人の領主夫妻は、彼女たちにとって、希望の光であり、新しい時代の象徴となっていた。


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