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第14話 セレスティアの戦い

 アシュトンへの襲撃が失敗に終わり、ギルは焦燥に駆られていた。依頼はアシュトンの暗殺。しかし、あのクソ伯爵はまだ生きている。前金は昨日で底をつき、どころか、派手に使いすぎたせいで新たな借金までできてしまった。このままでは、依頼は未達成、金は尽き、挙げ句の果てに裏社会での信用も失うことになる。


「死なねえなら、依頼主を脅してでも金を引っ張り出すしかねえ!」


 ギルはそう結論づけ、裏でアシュトン暗殺を依頼してきた相手――マルコス商会――に強請をかけに行くことを決意した。あの憎たらしいマルコス商会の連中なら、しこたま金を持っているはずだ。

 ギルは、マルコス商会を強請って金を得ようと企んでいた。しかし、彼の背後には、密かにグスタフと私兵たちが影のように忍び寄っていた。セレスティアから生け捕りの命を受けたグスタフは、ギルの動きを慎重に追っていたのだ。

 そして、ギルはマルコス商会の指定した倉庫へと足を運ぶ。

 ギルがマルコス商会の倉庫に入った、グスタフは物陰からしっかりと確認した。


「よし、入ったな。待ち伏せだ」


 グスタフは部下たちに指示を出し、ギルが出てくるのを待った。しかし、すぐに倉庫の中から、激しい争いの音が響き始めた。金属がぶつかり合う音、男たちのうめき声、そして何かが倒れる鈍い音。


「おい、様子がおかしいぞ!」


 グスタフは直感した。これは、ただの強請ではない。中に罠があるのかもしれない。


「踏み込むぞ! ギルを捕らえろ!」


 グスタフは号令をかけ、私兵たちと共に倉庫の扉を蹴破って中に飛び込んだ。

 倉庫の中は、乱闘の真っ最中だった。ギルは、複数の男たちに囲まれ、必死に剣を振るっている。相手は、マルコス商会が雇ったらしい、見るからに手慣れた暗殺者たちだ。


「貴様ら、口封じのつもりか!?」


 ギルが叫ぶ声が響いた。マルコス商会は、アシュトン暗殺の失敗を知り、ギルが口を割ることを恐れて、彼を消しにかかったのだ。

 グスタフの私兵たちが加勢し、多勢に無勢となった暗殺者たちは次々と倒れていった。ギルは息を切らしながらも、辛うじて生き残っていた。

 グスタフは、剣をギルの喉元に突きつけ、冷たく言い放った。


「ギル。観念しろ。全て話してもらうぞ。誰がアシュトン様を狙ったのか、その黒幕の正体をな」


 ギルは、血まみれの顔で、マルコス商会の雇った暗殺者たちの死骸を睨みつけた。裏切られ、命を狙われた怒りが、彼の心を支配していた。彼は、もう何も隠し立てする気はなかった。


「フン……話してやるさ。俺を雇ったのは、マルコス商会の頭、ゲイルだ。あいつらが、前の伯爵の借金を理由に、アシュトンを排除したがってたんだよ!」


 ギルの口から語られた真実に、グスタフの顔色が変わった。マルコス商会。やはり、この領地を食い物にしようとしていた、あの悪どい商人が黒幕だったのだ。

 グスタフからの報告を受け、マルコス商会が黒幕だと知ったセレスティアの胸には、激しい怒りがこみ上げてきた。アシュトン様を傷つけた者たちを、このままにしておくわけにはいかない。


「アルフォンス、グスタフ! マルコス商会へ乗り込みます!」


 セレスティアの言葉に、アルフォンスとグスタフは驚きながらも、その強い決意に頷いた。私兵たちを従え、セレスティアは真っ直ぐにマルコス商会の屋敷へと向かった。

 その頃、クレイヴス城では、アシュトンの意識が奇跡的に回復していた。ぼんやりとした視界の中、朦朧とした意識で耳にしたのは、セレスティアがマルコス商会へ向かったという報告だった。


「なっ……セレスティアが!? 馬鹿な、無謀だ!」


 アシュトンは、まだ傷の痛む肩を抑え、無理やり体を起こした。まだ体は重く、視界も定まらないが、セレスティアが危険に身を晒していると知れば、じっとしてはいられなかった。


「すぐに馬車を用意しろ! セレスティアの元へ急ぐ!」


 使用人たちが止めようとするのも聞かず、アシュトンはふらつきながらも立ち上がり、セレスティアの後を追った。

 マルコス商会の屋敷に乗り込んだセレスティアは、奥の間で会頭ゲイルと対峙した。肥え太ったゲイルは、セレスティアの怒りの眼差しにも臆することなく、不敵な笑みを浮かべていた。


「この度のアシュトン様への襲撃、貴様が黒幕と聞く! 卑劣な真似を!」


 セレスティアは、震える声でゲイルを問い詰めた。

 ゲイルは、嘲るように鼻で笑った。


「ほう? 何を根拠にそのようなことを仰る。たかが追放された元私兵の戯言を真に受けるとは、お若い奥様は随分と純真でいらっしゃる」


「ギルは、あなた方が口封じのために暗殺者を差し向けたことを、証言しています!」


「ふむ、ではそのギルとやらを連れてこられたらどうだ? 我々が雇ったなど、証拠でもあるまい。我々は慈善事業で金を貸し付けているだけの善良な商会。そんな馬鹿げた濡れ衣、到底受け入れられませんな」


 ゲイルは腕を組み、あくまで白を切る姿勢だ。その傲慢な態度に、セレスティアは唇を噛み締めた。証拠がない。ギルの証言だけでは、彼を追い詰めることができないのだ。アシュトン様のような「魔女の力」があれば……。

 悔しさと無力感に、セレスティアの瞳にはみるみるうちに涙がにじんできた。

 その時だった。


「その『善良な商会』とやらが、いかに腐りきっているか、私が証明してやろう」


 重く、しかし、どこか怒りを秘めた声が、部屋に響き渡った。

 ゲイルが驚いて振り返ると、そこに立っていたのは、包帯で肩を覆いながらも、その瞳に冷たい光を宿したアシュトンだった。彼の姿を見て、セレスティアの目から、安堵の涙が溢れ出した。

 アシュトンは、痛む肩を抑えながらも、ゲイルの元へとゆっくりと歩み寄った。ゲイルの顔には、恐怖の色が浮かび上がる。まさかアシュトンが生きているとは、そして、こんなにも早く回復して現れるとは、夢にも思っていなかったのだろう。

 アシュトンは、ゲイルの瞳をまっすぐ見据えた。彼の瞳に、あの深淵のような輝きが宿る。


「ゲイル。貴様が何のために、誰と結託して、私を狙ったのか。そして、貴様らの商会が、これまで領民からいかに搾取してきたか。その全てを、この場で自白しろ」


「ひぃっ……!」


 ゲイルの顔から血の気が引いた。全身が震え出し、その目に宿っていた狡猾な光は、瞬く間に恐怖に変わった。魔女の力が彼の罪悪感を抉り出し、嘘をつくことを許さない。


「も、申し訳ございません、アシュトン様! 全て、全てお話しいたします! わ、わたくしどもは、先代伯爵の死後、クレイヴス家が弱体化したと見て、領地を完全に支配しようと。清廉潔白な貴方様が邪魔だったのでございます……」


 ゲイルは、震える声で、アシュトンへの暗殺計画、そのための資金源、そしてこれまでに行ってきた数々の不正と、裏で手を組んでいた貴族たちの名を、堰を切ったように白状し始めた。その全てが不正を自白した時の財務官僚のそれと同じように、彼の口から吐き出されていく。

 セレスティアは、アシュトンが再び危険な力を使ったことに心を痛めながらも、彼の目の奥に宿る強い意志と、自分を守り、そしてこの領地を守ろうとするその姿に、深い感動を覚えていた。アシュトンは、ボロボロになりながらも、彼女とこの領地のために戦ってくれたのだ。

 マルコス商会の会頭ゲイルが震えながら全てを自白し、悪事が白日の下に晒された。アシュトンの「魔女の力」が、再び正義を執行したのだ。しかし、セレスティアの心は晴れなかった。アシュトンが倒れたばかりだというのに、またしても、あの危険な力を使わせてしまった。命の木の葉が、また数枚落ちたのではないだろうかと悩む。

 アシュトンは、ゲイルの自白が終わると、アルフォンスとグスタフに後処理を命じた。そして、痛む肩をかばうように、セレスティアの傍へと歩み寄った。

 セレスティアは、アシュトンの顔を見上げることができなかった。自らを庇って倒れた彼に、また無理をさせてしまった。その事実が、彼女の胸を深く締め付けた。


「アシュトン様……わたくしが、もっとしっかりしていれば……」


 蚊の鳴くような声で、セレスティアは呟いた。瞳には、悔しさと自責の念がにじむ。

 アシュトンは、そんなセレスティアの震える手を取り、そっと、しかししっかりと握りしめた。彼の指先はまだ少し冷たいが、その温もりがセレスティアの心にじんわりと広がっていく。


「セレスティア」


 アシュトンの声は、優しく、そして包み込むようだった。


「お前が自分を責める必要はない。この状況で、お前が一人でマルコス商会に乗り込む決断をしたこと、そして私を案じてくれたこと、その全てが、私にとって何よりも心強かった」


 アシュトンは、セレスティアの涙で濡れた頬に、親指でそっと触れた。


「それに、あの力を使ったのは、他でもない私の意思だ。お前を無力だと罵るゲイルの姿を見て、黙っていることなどできなかった。お前が苦しんでいるのに、私だけが安全な場所にいることなど、私には耐えられない」


 彼の言葉には、何の偽りもなかった。アシュトンは、セレスティアが屈辱を受け、悲しんでいる姿を見て、いてもたってもいられなかったのだ。そして、何よりも、彼女の安全を守りたかった。


「お前は、一人で抱え込みすぎだ。私も、そしてアルフォンスも、リディアも、グスタフも……皆、お前の、そしてこのクレイヴス領の力になりたいと願っている」


 アシュトンの温かい言葉と、そのまっすぐな眼差しに、セレスティアの心は少しずつ溶けていく。彼女はゆっくりと顔を上げ、アシュトンの瞳を見つめ返した。彼の肩にはまだ包帯が巻かれ、顔には疲労の色が浮かんでいる。それでも、彼は彼女のために、戦ってくれたのだ。


「アシュトン様……」


 セレスティアは、アシュトンにそっと身を寄せた。彼の温もりに包まれながら、彼女の心に、深い安堵と、そして今まで以上に強い絆が生まれたのを感じた。


「さあ、戻ろう。まだやるべきことは山積している」


アシュトンは優しくそう告げ、セレスティアの手を引いて、マルコス商会の屋敷を後にした。二人の背中には、未来へ向かう確かな足音が響いていた。


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