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第11話 子供への継承

 数週間後、アシュトンが王都から帰還した。長旅と過酷な交渉を終え、城門をくぐった彼の目に飛び込んできたのは、心配と安堵の入り混じった表情で出迎えるセレスティアの姿だった。彼女の顔色は以前よりも血色が良く、その瞳には強い光が宿っている。


「アシュトン様! おかえりなさいませ!」


セレスティアは、明るい声でアシュトンを迎えた。彼女の笑顔は、王都での張り詰めた空気を打ち破るかのように、アシュトンの心に温かい光を灯した。アシュトンは、セレスティアの健やかな姿に安堵し、内心で深く息をついた。王都での交渉では、やはり「魔女の力」を多用せざるを得ず、命の木の葉はさらに十枚も失われていたのだ。彼女が倒れたと聞いた時は、本当に肝を冷やした。

執務室に戻り、アルフォンスから領内の状況報告を受けながら、アシュトンはセレスティアの顔を盗み見た。彼女は終始明るく振る舞い、王都での彼の活躍を労う言葉をかけてくれる。

 報告が一段落し、アルフォンスが部屋を辞した後のことだった。セレスティアが、おずおずと、しかしどこか期待に満ちたような視線でアシュトンを見上げた。


「アシュトン様……その、子作りは、いかがでございましょうか……?」


 セレスティアからの、まさかの直球な問いに、アシュトンの顔は一瞬にして真っ赤に染まった。前世で恋愛経験のなかった彼にとって、このような質問は完全に不意打ちだった。


「こ、子作り!? な、何を急に……!」


 アシュトンは、あたふたと視線を泳がせた。額にはうっすらと汗がにじみ、いつも冷静な領主らしからぬ動揺ぶりだ。セレスティアは、そんな彼を見て、小さく微笑んでいる。リディアから受けた「レクチャー」を思い出したのだろう。

 しかし、その動揺のさなか、アシュトンの脳裏に、突如として魔女の言葉と「命の木」の光景がフラッシュバックした。


「大きな力には、必ず大きな代償が伴う」


 この「魔女の力」は、クレイヴス家の当主に代々受け継がれる盟約。もし、二人の間に子供が生まれたとしたら、その子もまた、この重い盟約を背負うことになるのだろうか。限られた「命の木」の葉、そして、その葉が全て落ちた時の代償。未来の子供に、この運命を負わせて良いのか。

 アシュトンの顔から、先ほどの赤みが引き、真剣な、そして苦悩の色が浮かんだ。彼はセレスティアの手を取り、その瞳をじっと見つめた。


「セレスティア……実は、お前に話しておきたいことがある」


 アシュトンは、王都での出来事、そして魔女の力が再び消費されたこと、そして何より、この力が子供にも受け継がれる可能性について、懸念を正直に打ち明けた。

セレスティアは、アシュトンの話に、真剣な表情で耳を傾けた。彼女もまた、その重い事実に、顔色を変えた。


「魔女の力を使ったのは、葉が落ちるのを見ましたので。この辛さを我が子に背負わせるのかと思うと……」


 しばしの沈黙が、二人の間に流れた。子孫を残すことは、貴族の義務だ。しかし、子供に得体の知れない「代償」を背負わせるかもしれないという事実は、あまりにも重かった。


「領地が、真に安定するまでは……待つべきだろう」


 アシュトンは、苦渋の決断を口にした。


「はい……わたくしも、そう思います。この領地が、何の不安もなく、心から笑って暮らせる場所になるまで……」


 セレスティアもまた、アシュトンの決断を支持した。二人の間には、子供をすぐに望むという甘い空気ではなく、領地の未来と、そして生まれてくるかもしれない命への責任が、深く横たわっていた。

 こうして、アシュトンとセレスティアは、領地が真に安定し、彼らが背負う秘密の重荷が少しでも軽くなるまで、子供を持つことを待つという決断を下したのだった。


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