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第10話 クレイヴス伯爵としての仕事

 エンパイア・クラウン大会の準備が進む中、アシュトンに王都からの召集がかかった。国王直々の呼び出しである。


「アシュトン・クレイヴス伯爵殿、貴殿の持つ力をもって、外国との交渉に臨んでほしい」


 王からの勅命は、アシュトンの「魔女の力」を国外との交渉に利用するというものだった。アシュトンは、その力の代償を理解しているだけに、複雑な心境だったが、国王の命令を拒否することはできない。

 セレスティアも同行したいと申し出たが、アシュトンはそれを止めた。


「セレスティア、王都への長旅は、まだ君の体には負担が大きすぎる。それに、女学校のことも頼む」


 セレスティアの体力は回復しつつあったが、無理はさせたくなかった。心細そうなセレスティアを説得し、アシュトンは一人、王都へと向かうことになった。

 アシュトンが王都に発って数日後。セレスティアは、いつものように畑で商品作物の手入れをしていた。青々とした葉を茂らせる「命の木」は、アシュトンが旅立つ前と変わらず、そこに立っていた。

 セレスティアは、アシュトンがこの木に触れていけば、彼の「魔女の力」が消費され、葉が落ちていくことを知っている。だからこそ、遠く離れた王都で、アシュトンが無茶をしていないか、心の中で常に案じていた。

 その日も、セレスティアは木を見上げた。その瞬間、彼女の目に飛び込んできた光景に、息を呑んだ。

 風もないのに、「命の木」の葉が、はらりはらりと、十枚ほども舞い落ちていくのが見えたのだ。

 一枚、また一枚と、地面に落ちていく葉。まるで、アシュトンの命が削られているかのような光景に、セレスティアは頭が真っ白になった。十枚。一度にこれほど多くの葉が落ちるなんて。アシュトンは王都で、一体何をしたのだろうか。どれほど危険な状況に身を置いているのだろうか。

 アシュトンを案じる気持ちが、セレスティアの心臓を強く締め付けた。体中に冷たいものが走るような感覚に襲われ、その場でへたり込んでしまう。


「アシュトン様……!」


 そのまま、セレスティアは意識を失い、再び寝込んでしまった。目が覚めるとアシュトンが不在の中、彼女は再び己の無力さを痛感することになった。

 セレスティアは、丸一日寝込んだ後、意識を取り戻した。弱々しくなった体と、アシュトンの身を案じる心はまだ重くのしかかっていたが、彼女は自分を奮い立たせた。アシュトン様が王都で戦っている間、自分がここで倒れているわけにはいかない。女学校のこと、商品作物のこと、そしてこの領地の未来のためにも、しっかりしなければと。


「奥様、お目覚めでございますか」


 リディアが、優しい声で話しかけてきた。セレスティアは、ゆっくりと体を起こし、リディアに感謝の視線を送った。


「リディア、わたくし、もう大丈夫です。ご心配をおかけいたしました」


 しかし、リディアの表情は、どこか複雑なものだった。彼女は、セレスティアの回復を喜ぶ一方で、何か言いたげに口を開きかけた。


「奥様、まだ無理はなさらないでください。わたくし、少々懸念していることがございます」


 セレスティアは首を傾げた。


「懸念、ですか?」


 リディアは、ややためらいがちに、しかし真剣な眼差しでセレスティアを見つめた。


「はい。奥様のこれまでのご体調と、あの痩せ細ったお体では……正直申し上げまして、子作りは難しいかと存じます」


 その言葉を聞いた瞬間、セレスティアの頭の中は真っ白になった。子作り。夫婦として、当然考えなければならないことだった。しかし、アシュトンの秘密や領地改革、そして女学校のことで頭がいっぱいだったセレスティアは、これまでそのことについて、すっぽりと頭から抜け落ちていたのだ。

 顔が、みるみるうちに熱くなっていく。目の前のリディアが、いつもの真面目な顔で、まるで当然のことのようにその言葉を口にしたことが、セレスティアには衝撃だった。


「こ、子作り、でございますか……?」


 セレスティアは、蚊の鳴くような声で呟いた。

 リディアは、そんなセレスティアの動揺を全く気にする様子もなく、淡々と話し始めた。まるで、今日の天気について語るかのように。


「はい。クレイヴス家のご存続のためにも、子作りは急務でございます。つきましては、良い機会ですから、わたくしからいくつか、子作りのための心得をご説明させていただいてもよろしいでしょうか。体調が回復されましたら、なされることですので」


「え、あ、はい……」


 セレスティアは、もはや蚊の鳴くような声しか出せなかった。彼女の頬は、熟れた林檎のように真っ赤に染まっている。

 リディアは、何冊かの書物と、妙にリアルな絵が描かれた図解まで持ち出し、セレスティアのベッドサイドに座った。


「まず、奥様の体調管理が第一でございます。栄養バランスの取れた食事、十分な休養、適度な運動……。それらは、健やかな子を授かるための基本中の基本。そして、最も肝要なのは……」


 リディアは、絵が描かれた図解をセレスティアの目の前に広げた。そこには、男女の体が、様々な体位で描かれている。セレスティアの顔は、もう沸騰しそうだった。


「……夫婦間の、その……愛の交わりでございます。排卵の周期に合わせて、適切に愛を育むことが重要でございまして……」


 リディアは、眉一つ動かさずに、事細かに、そして直接的な言葉で、子作りのメカニズムと、そのための「実践」について説明していった。セレスティアは、リディアの指が図解の上をなぞるたびに、心臓が口から飛び出しそうになるのを感じた。


「あの……リディア……その、もう、結構でございます……」


 セレスティアは、顔を両手で覆いながら、かろうじて声を絞り出した。彼女の頭の中は、今、目の前で繰り広げられた「レクチャー」の内容でいっぱいだ。アシュトン様の顔が、様々な体位で、いやらしい笑顔で脳裏をよぎり、セレスティアは一人で悶絶していた。

 リディアは、そんなセレスティアの様子に、どこか満足げな表情で頷いた。


「かしこまりました。奥様がご理解いただけたのであれば、幸いでございます。ご不明な点がございましたら、いつでもわたくしにお申し付けください」


 リディアは、図解と書物をきれいに片付け、静かに部屋を後にした。セレスティアは、一人残された部屋で、顔を真っ赤にしたまま、ベッドの中で深く深く沈み込んでいった。アシュトン様の身を案じる気持ちに、新たな、そしてとんでもなく恥ずかしい課題が加わった瞬間だった。


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