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第4話「調査」

 ◆


 死亡報告を読んで、私は震えが止まらなくなった。


 偶然だ。


 そう自分に言い聞かせる。


 村を訪れた人が全国に何百人もいるなら、その中の二人が亡くなることもあるだろう。


 統計的に見れば、不自然ではない。


 ──本当か? 交通事故よりよほど高い確率だというのに


 私は内心の声を努めて無視して、パソコンの前に座り、検索エンジンを開いた。


 まず「両手 差し出す 挨拶 世界」と入力してみる。


 検索結果には、握手の歴史や各国の挨拶文化についての記事が並んだ。


 タイのワイ、インドのナマステ、日本のお辞儀。


 どれも相互的な挨拶だった。


 次に「一方通行 挨拶 儀式」で検索した。


 今度は階級社会や身分制度に関する内容が多くヒットした。


 古代の主従関係、宗教的な上下関係。


 しかし、それらも基本的には下位の者から上位の者への一方的な敬意の表現だった。


 灯之村のように、村人から部外者への一方通行というのは見当たらない。


 画像検索に切り替えて、掌を上に向ける仕草を探す。


 インドの宗教画に、興味深いものを見つけた。


 僧侶が信者に向けて両手を差し出している絵だ。


「接信印」という名前らしい。


 リンク先の説明を読むと、これは祝福を与える印だという。


 ただし、これも僧侶と信者の間で交わされる相互的なものだった。


 アフリカの民俗学サイトも調べてみた。


 ケニアのある部族に、雨乞いの儀式で両手を差し出す動作があるという。


 これは村全体で行う集団儀礼で、やはり相互的なものだった。


 東欧の民間伝承についても調べた。


 ルーマニアの一部地域で、客人を迎える際に両手を差し出す風習があるらしい。


 しかし、これも客が同じように応えることが礼儀とされていた。


 三時間かけて世界中の挨拶や儀礼を調べたが、灯之村のような例は見つからなかった。


 村人だけが行い、部外者は返してはいけない。


 そんな一方通行の挨拶は、どこにも存在しないようだった。


 私は大学時代の知り合いを思い出した。


 宗教学を専攻していた後輩が、今は某大学で講師をしているはずだ。


 Slackを立ち上げて、非公開のワークスペースにログインする。


 このワークスペースは、動画制作者仲間で作った情報交換の場だ。


 専門家への取材依頼なども、ここで相談することがある。


「お久しぶりです。花村です。ちょっと専門的なことを聞きたくて」


 すぐに既読がついた。


「おお、花ちゃん先輩! どうしました?」


 私の名前は花村 園子というのだが、この後輩は花ちゃん先輩と呼んでくる。


 私は灯之村の挨拶について説明した。


 掌を上向きにして差し出す、部外者限定、外部の者は同じ挨拶を返してはいけない。


 これらの特徴を持つ儀礼について、心当たりがないか尋ねた。


「面白い事例ですね。一方通行の儀礼……ちょっと調べてみます」


 返信が来るまでの間、私は発熱報告の整理を始めた。


 DMやコメントを集計すると、すでに二十件を超えていた。


 全員が同じような症状を訴えている。


 帰宅後二、三日で発熱、三十八度前後、三日から五日で回復。


 そして死亡した二人も、その前に発熱していたという。


 一時間後、Slackに通知が来た。


「調べてみましたが、完全に一致する儀礼は見つかりませんでした」


 やはりそうか、と思った。


「世界中の挨拶を見ても、基本的には相互的なものがほとんどです」


「ですよね」


「掌を上に向ける仕草は、いくつかの文化で見られます。供物を捧げる、恵みを受け取る、開放性を示す……でも意味はバラバラです」


 後輩も困惑しているようだった。


「一方通行という点では、上下関係を示す儀礼はありますが、それは通常、下から上への動きです」


「灯之村は逆ですね。村人から訪問者へ」


「そうなんです。そこが不思議で」


 私は思い切って、発熱の件も伝えてみた。


 村を訪れた観光客が、帰宅後に原因不明の発熱を起こしていること。


「それは……偶然とは思えない数ですね」


 後輩の返信に、心配そうな響きがあった。


「医学的な原因があるのでは? 感染症とか」


「村では流行していないそうです。観光客だけが発熱するんです」


「うーん……」


 しばらく返信が途絶えた。


「先輩、これは私の専門外ですが、民俗学の観点から一つだけ」


「何でしょう?」


「儀礼の意味は、時代とともに失われることがあります。形だけが残って、本来の目的は忘れられる」


「灯之村もそうかもしれませんね」


「ただ、形が残っているということは、何か強い理由があったはずです」


 後輩はそこで言葉を切った。


「もし本当に興味があるなら、古い文献を当たってみてはどうでしょう。地方の図書館や、国会図書館のデジタルアーカイブとか」


「どんな文献を?」


「民俗学の調査報告、宗教関係の文書、あとは……そうですね、江戸時代の地誌なんかも」


 後輩はいくつかのキーワードを教えてくれた。


 でも、それ以上の推測はしなかった。


 学者としての慎重さだろう。


 礼を言うと、後輩は「ああそうだ」と何かを思い出した様なチャットを打ってきた。


「どうしましたか?」


「ひとつ思い出した事があるんですが──民俗学的に見ると、部外者だけを対象にする儀礼には、大きく二つのパターンがあります」


「一つは歓待。客人を特別扱いすることで、共同体の結束を示すもの」


「もう一つは……」


 少し間があいた。


「防御、あるいは転嫁です」


 転嫁? 


「外部の人間に何かを押し付ける、という意味です。たとえば、疫病や災厄を」


 背筋が寒くなった。


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