第4話 死に戻り令嬢は運命を覆す
そして、運命の時はきた。
アナスタシアは十四時頃に移動教室のため、中央階段を二階から一階に向かって降りていた。
隣にはケリーとエレンが一緒だ。
そこへ二階から駆け下りてきたマーガレットがアナスタシアにぶつかって、悲鳴を上げて階段を落ちていく。
アナスタシアはそれを冷静に眺めていた。
――とうとう来たわ。この時が……。
生徒たちがマーガレットの悲鳴を聞きつけて集まっている。
先を歩いていたアレックスもマーガレットの悲鳴を聞いて戻ってきた。
アレックスがマーガレットを抱き起す。
「マーガレット、大丈夫か? 何があった?」
マーガレットは茶色の瞳を階段の上に向けた。
「アナスタシア様に背中を押されて……」
それに反応したのは隣にいたエレンだった。
エレンは眉を顰めて言う。
「アナスタシア様が押したですって? あなたがアナスタシア様にぶつかって落ちたのでしょう? 事故ですわ」
アレックスは顔を歪めてエレンに言う。
「エレン嬢はアナスタシアをかばうつもりか!」
アレックスの言葉にエレンは動揺した。
「ほ、本当のことを申したまでです。アレックス王太子殿下」
「アナスタシアは今までもマーガレットをいじめてきただろう。お気に入りの髪飾りを壊したり、水をかけたり……。他にも聞いている」
今度はケリーが言い返した。
「アレックス王太子殿下。お言葉ですが、アナスタシア様はいつもわたくしたちと一緒にいました。アナスタシア様は、そんなことはなさっておりません」
アレックスは溜息を吐いて首を横に振った。
「常に一緒にいたわけではないだろう。隠れてやっていたに違いない。アナスタシア、お前はどこまで非道な娘なのだ。お前が婚約者であることが恥ずかしい。今ここでお前との婚約は破棄してやる!」
生徒たちはアレックスの言葉に騒めいた。
死に戻る前と同じ流れに感心しながら、アナスタシアはにっこりと笑ってお辞儀をした。
「承知いたしました、アレックス王太子殿下。婚約破棄のお申し出、ありがたく頂戴いたします」
その言葉にアレックスは怒りを顕わにした。
「アナスタシア! お前はこの状況が分かっているのか? マーガレットを階段から突き落としたとなれば殺人未遂だ。貴族に対する殺人未遂はよくて国外追放、最悪死刑だぞ。今までのお前の悪行はマーガレットに対する侮辱罪、傷害罪。お前を死刑台送りにしてやる!」
アナスタシアは思わず笑いそうになって堪えた。
――言質はとった。
アナスタシアは二階から降りてくる第二王子のルパートを見上げた。
彼は約束は守ってくれたようだ。
「兄上、わたしは見ていましたよ。マーガレット嬢がアナスタシア嬢にぶつかり、ひとりでに落ちていくところを……」
そう言いながら現れたルパートを見て、アレックスはマーガレットに顔を向ける。
マーガレットは可愛らしく首を傾げ言った。
「あれ? 気のせいだったかも……」
アレックスはマーガレットの言葉に目を丸くしてアナスタシアの隣に立ったルパートを再度見た。
「ルパート、本当に見たのか?」
「兄上はわたしが嘘を言っているとおっしゃるのですか?」
「いや……、そうではないが……」
アレックスは戸惑いながらアナスタシアに視線を向ける。
アナスタシアは微笑みながらゆっくりと階段を降りはじめた。
「アレックス王太子殿下。あなたは私がマーガレット様のお気に入りの髪飾りを壊したり、水をかけたりしたとおっしゃいましたが、あなたはすべてご自身の目でご覧になりましたか?」
アレックスは言葉に詰まった。
苦々しい顔つきでアナスタシアを見上げる。
「私がやったという証拠はお持ちなのですか? お答えくださいませ。アレックス王太子殿下」
アナスタシアはアレックスとマーガレットの前に立ち、床に座る二人を見下ろした。
「私はレイモンド公爵家のアナスタシア。私を侮辱したこと、後悔なさいませ」
マーガレットは青い顔でアナスタシアに頭を下げた。
「申し訳ございません、アナスタシア様。わたしの勘違いでご迷惑をおかけいたしました」
アナスタシアは謝るマーガレットに目もくれずに二人の横を通り抜けて行った。
この事件は生徒たちの口から両親に伝わった。
様々な貴族の耳にも入り、国家を揺るがすような大きな事件へと発展していった。
アナスタシア、アレックス、マーガレットはそれぞれ王城で事情聴取が行われ、マーガレットはアレックスに言ったことすべてが嘘であったと自白した。
マーガレットはアレックスが同情し、優しくしてくれたのが嬉しかったと供述した。
それらが公爵令嬢であるアナスタシアを貶める行為とみなされ、マーガレットは侮辱罪で投獄された。
事件は解決し、アナスタシアとチャーリーは執務室で話していた。
「このような事件が起こるほどに事が深刻であったとは……。以前アナスタシアが婚約破棄をしたいと言った時にもっと親身に話を聞くべきだった」
アナスタシアは首を横に振る。
「私の身の潔白が証明できてよかったです」
チャーリーは真剣な面持ちで言う。
「一歩間違えていれば、お前は国外追放、もしくは死刑に処されていた可能性だってある。マーガレット嬢の話だけを聞き入れたアレックス王太子殿下の振舞は断じて許されるものではない。これは我がレイモンド公爵家を侮辱する行為である。今後は身の振り方を考えなければならない。アナスタシア、アレックス王太子殿下との婚約破棄の気持ちは変わっていないな?」
アナスタシアは頷いた。
「こうなってはもう婚約を継続する方が難しいでしょう」
チャーリーは立ち上がった。
「陛下に謁見の申し込みをする。その時はアナスタシアも同行するように」
アナスタシアはにこりと笑った。
「ぜひそうさせてください。お父様」
数日後。
王であるジョナサン・バロン・エドワーズから手紙の返信が来て、チャーリーとアナスタシアが謁見する日が決まった。