第2話 死に戻り令嬢は復讐を誓う
アナスタシアはベッドの上で目覚めた。
荒い呼吸をしながら首に触れる。
――私は生きているの?
けれど、首を切断された生々しい記憶は確かにアナスタシアの中にあった。
アナスタシアは上体を起こし、室内を見回した。
いつもの自分の部屋だった。
短く切られたはずのピンクの髪も以前のように長く綺麗だったし、やせ細った腕も元に戻っている。
――一体、どういうこと?
アナスタシアは青い顔でまた首に触れた。
そこへ部屋をノックする音が聞こえた。
室内に入ってきたのは水桶を持ったメイドだった。
「おはようございます。アナスタシアお嬢さま」
メイドはにこやかにそう言って、水桶をサイドテーブルに置き、カーテンを開けた。
二年ぶりに見る日差しは眩しくて、アナスタシアは目を細めた。
「さぁ、お支度いたしましょう。今日から新学期ですからね」
――新学期?
アナスタシアはメイドに尋ねる。
「今日は何年の何月何日だったかしら?」
「え? 今日は二九四年の四月五日ですよ? アナスタシアお嬢さま、お顔色が悪いようです。学校はお休みしますか?」
――二年前に戻っている? マーガレットが貴族学校に入学してくる日だわ。
アナスタシアは青い顔で首を横に振る。
「問題ないわ。支度をするから制服を出しておいて」
アナスタシアはサイドテーブルに置かれた桶で顔を洗い、タオルで顔を拭いた。
――なぜこうして戻ってきたのかは分からないけれど、この機会を与えてくださった神に感謝しなければ。
アナスタシアは窓を開けた。
ピンクの髪が風に靡いている。
――アレックスを王太子の座から引きずり下ろしてやる……!
アナスタシアは貴族学校に登校し、校舎の前に張り出されたクラス分けの紙を見ていた。
同じクラスにアレックスとマーガレットの名前があるのも確認した。
アナスタシアは指定された教室に入り、アレックスの姿を見つけた。
アナスタシアと目が合ったが、アレックスは目を逸らした。
それから、アナスタシアはマーガレットの姿も見つけた。
最前列の席にひとりで座っている。
その前をアナスタシアは通り抜けて行く。
――まずは味方を作らないと。私がマーガレットをいじめていないと証言してくれる味方を……。
目星はつけてあった。
公爵家の派閥の家柄で、何度かお茶をしたことのある令嬢二人。
アナスタシアは二人の姿を見つけて声を掛ける。
「エレン様、ケリー様、おはようございます。二年生の今年度は同じクラスですわね」
ふんわりとした赤髪のエレンは、アナスタシアに声を掛けられて立ち上がった。
「おはようございます、アナスタシア様。同じクラスで嬉しいですわ。よろしくお願いします」
長い銀髪のケリーも同様に立ち上がり、アナスタシアに挨拶をした。
「おはようございます、アナスタシア様。よかったらこちらにお座りになりませんか?」
アナスタシアは緑の瞳に笑みを浮かべた。
「よろしいのですか? ぜひご一緒させてください」
アナスタシアはケリーの隣に座った。
――できるだけこの二人と行動を共にすることにしよう。そうすれば、マーガレットがつく嘘に対抗できるはず。
担任の挨拶が終わると、始業式のために講堂へと移動することになった。
マーガレットの横を通り過ぎようとするアレックスにマーガレットは声を掛ける。
「すみません。わたし、今日が初めてで、講堂の場所が分からなくて……」
心細そうなマーガレットに声を掛けられたアレックスは足を止めた。
「なら、案内してあげよう。ついてきなさい」
マーガレットはぱぁっと明るい笑顔を見せた。
「お優しいのですね。お名前を聞いてもいいですか?」
アレックスは眉をピクリとさせたが名乗った。
「俺はアレックス・キャンベル・エドワーズだ」
マーガレットは驚いた顔を見せて頭を下げた。
「まさか王太子殿下とは知らずに大変失礼をいたしました」
「よい。お前は先日叙爵されたばかりのコーデン男爵の娘だろう。今後は気をつけるように」
「はい! アレックス王太子殿下」
マーガレットはアレックスのあとを追いかけるようにして教室を出て行った。
アナスタシアはそれを呆れたように見ていた。
――叙爵式には私も出ていたけれど、マーガレットも来ていたし、陛下の隣にいた王太子の顔を覚えていないなんてそんなわけはない。最初からマーガレットはアレックスと仲良くなることが目的だったのね。
アナスタシアはアレックスとマーガレットは自然と仲良くなったのだとばかり思っていたが、そうではなかったようだ。
――戻る前は、私はなにも見ていなかったのね。
エレンが教室の入り口を見ていたアナスタシアに言う。
「わたくしたちも講堂に参りましょう」
「ええ。そうね。行きましょう」
アナスタシアは立ち上がった。
それから一か月もすれば、アレックスとマーガレットは恋人同士のように振舞うようになっていた。
マーガレットは人目も気にせずにアレックスの腕を掴んで歩いている。
ケリーはこっそりとアナスタシアに言った。
「王太子殿下はアナスタシア様の婚約者なのに、マーガレット様は一体なにを考えていらっしゃるのかしら」
エレンも怪訝そうな顔をして言う。
「婚約者のいる殿方にあのような振舞。恥を晒していることに気づいていないのですわ。それにアレックス王太子殿下もあのような振舞を許すなんて信じられない」
ケリーとエレンだけでなく、他の令嬢たちから見てもよく思われない振舞をするマーガレットはクラスで孤立していた。
そんなマーガレットは令嬢たちから嫌われるのに比例するかのようにアレックスと仲良くなっていく。
慕ってくるマーガレットが可愛いのかアレックスも人目を気にせずにマーガレットと一緒にいた。