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第1話 死に戻り令嬢は冤罪で死刑になる

 悲鳴を上げて一人の少女が階段から落ちた。

 公爵令嬢のアナスタシア・レイモンドはその様子をスローモーションのように見ていた。

 階段から落ちた少女はマーガレット・コーデン。

 男爵家の令嬢で、アナスタシアの婚約者である王太子のアレックス・キャンベル・エドワーズの恋人だった。

 近くにいた生徒たちは騒めきながら、倒れているマーガレットを取り巻くようにして見ている。

 それを掻き分けるようにやってきたのは金髪のアレックスだった。

 アレックスはマーガレットを抱き起した。


「マーガレット、大丈夫か? 何があった?」


 マーガレットは意識があり、茶色の瞳を階段の上に向けた。


「アナスタシア様に背中を押されて……」


 アナスタシアはマーガレットの言ったことが理解できず、緑の瞳を見開いた。


 ――私は後ろから来たマーガレット様にぶつかられただけ。それで、マーガレット様はバランスを崩して落ちたのではないの?


 アナスタシアは咄嗟のことに言葉が出なかった。

 ただ階下で起きていることを見ていることしかできなかった。

 アレックスは水色の瞳でアナスタシアを睨んだ。


「アナスタシア、どこまで非道な娘なのだ。お前が婚約者であることが恥ずかしい。今ここで婚約は破棄してやる」


 生徒たちはアレックスの言葉に騒めいた。

 アナスタシアは震える手を握り締めて、言葉を絞り出す。


「アレックス王太子殿下、私はマーガレット様を突き落としてなどおりません」


 アレックスは鼻で笑った。


「おい、誰か。アナスタシアの言葉を証明できる者はいるか?」


 しかし、誰一人として声を上げなかった。


「これが答えだ。お前がマーガレットを突き落としていないという証明ができる者はいない。それに今までもマーガレットをいじめてきただろう。お気に入りの髪飾りを壊したり、水をかけたり……。他にも聞いている」


 ――何の話? わたしがマーガレット様をいじめた?


 アナスタシアは身に覚えのないことばかり言われて眉を顰めた。


「そんなことをした覚えはございません」


 マーガレットはアレックスの腕を掴んだ。


「アレックス様、わたしは気にしていませんから……」


 アレックスは腕の中のマーガレットを慈しむように見た。


「マーガレット。アナスタシアがお前を階段から突き落としたというのなら、これは立派な殺人未遂だ。もう放置はできないよ」


 アレックスはマーガレットの茶色の髪を撫でた。

 そして、アナスタシアを睨み、指差す。


「アナスタシア、お前も分かっているだろう。貴族に対する殺人未遂はよくて国外追放、最悪死刑だ。今までの悪行はマーガレットに対する侮辱罪と傷害罪。お前を死刑台送りにしてやる!」


 それを聞いた警備兵たちがアナスタシアを拘束した。

 アナスタシアは悲壮な顔で言った。


「アレックス王太子殿下! お待ちください。私の話も聞いてください!」


 アレックスはマーガレットを抱きかかえて立ち上がった。

 マーガレットは青い顔でアレックスの服を掴む。


「あ、アレックス様、わたしはそこまでは望みません」

「マーガレットは優しすぎる。これは法で決められたことなのだ。アナスタシアを連れていけ」

「アレックス王太子殿下!」


 アナスタシアの呼びかけを無視して、アレックスはマーガレットと共にその場を去っていった。



 王城の牢獄に連行されたアナスタシアはぼろを着せされ、ピンクの長い綺麗な髪は短く乱雑に切られた。

 そして牢屋の鍵は閉められた。

 陽の差さない真っ暗な牢屋は、じめじめとしていて横になるための布切れだけが床に敷かれていた。


 ――どうしてこんなことになってしまったの……。アレックス王太子殿下が自分を愛していないことは知っていたけど、こんな仕打ちをされるようなことを私はしただろうか?


 身に覚えのないことばかり並び立てられて、一方的に断罪された。

 アナスタシアは嗚咽を漏らして泣いた。


 アナスタシアは生まれてすぐに王家から熱望されて、アレックスの婚約者になった。

 アナスタシアが物心ついた頃には、未来の王太子妃としての立場を強要され、教育を施されてきた。

 しかし、肝心のアレックスとアナスタシアの心の距離が縮まることはなかった。

 アナスタシアは白い結婚になろうともそれでいい、側室が何人いようとも後継ぎができればそれでいいと思っていた。

 だから、アレックスがマーガレットを恋人のように扱っていても気にならなかった。

 アナスタシアの使命は、王妃となって国民を導くことだと信じて疑っていなかったからだ。

 アナスタシアの処分に不服を申し立てたのは、国の半数に近い公爵家の派閥だった。

 論争に論争を重ねて約二年。

 アナスタシアの死刑はとうとう決まった。

 理由は二つ。

 一つ目は王太子であるアレックスの熱望。

 二つ目はマーガレットが王太子妃となったことだった。

 その間に、アナスタシアは一日にパン二つと具の少ないスープだけの食生活でやせ細り、緑の瞳からは生きる希望は失われていた。

 死刑宣告を真っ暗な牢屋の中で聞いたアナスタシアは、これでここから解放されることに安堵していた。



 アナスタシアの死刑執行の日が来た。

 曇天で今にも雨が降り出しそうな日だった。

 王城前の広場に断頭台が用意され、その周りを民衆が囲っていた。

 見物席が設けられ、そこにはアレックスとマーガレットが断頭台を見下ろすようにして座っていた。

 マーガレットは青い顔でアレックスに懇願している。


「アレックス、お願いです。アナスタシア様を死刑にしないで……」


 アレックスは愛おしそうにマーガレットの茶色い髪を撫でる。


「マーガレット、あいつは君を害そうとしたのだ。当然の報いだよ」


 民衆がわっと声を上げた。

 アナスタシアが黒い布を頭に被せられ、後ろ手に縛られたその腕を兵士が掴んで引きずるようにして現れたのだ。


「悪女め!」

「マーガレット様に危害を加えようとするなんて……!」


 この二年でマーガレットは男爵家という低い身分から王太子妃になり、民衆からはシンデレラストーリーとして高い人気を得ていた。

 民衆から石を投げつけられ、アナスタシアの頭部に当たった。

 けれど、アナスタシアはもうなにも感じることはなかった。

 アナスタシアは断頭台の前に膝をつかされ、後頭部を押し付けられた。

 首に木枠が食い込み、苦しげな声を上げた。

 アレックスは立ち上がり、手を前方へと差し出す。


「罪人アナスタシア・レイモンド。王太子妃であるマーガレット・エドワーズに対する殺人未遂、侮辱罪、傷害罪により死刑を宣告する」


 それを合図に、断頭台の横にいた兵士が紐を切った。

 断頭台の刃が落ち、アナスタシアの首は切断された。

 民衆は歓喜の声を上げる。

 それを聞きながら、アナスタシアは息絶えた。

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