塵屑芥と夢ひとつ
今朝、ゴミを拾った。目も鼻も唇も無傷で、長い髪だって健在の、ゴミを拾った。
とても状態が良い、ガラクタばかりの『下層』に流れ着くとは思えない。
だが、危険を考慮するより早く、俺はトランクに『ゴミ』を押し込んでいた。
救いの糸が天から垂れてきたのだ。ジャンクを分解して売っ払う俺に、ゴミに生かされてきた俺に。
(『上層』で生きる権利を、この『ゴミ』で買え。買えば、俺だって……)
油臭いジャンクが散乱する五畳の部屋、白雪のようなヒューマノイドには不釣り合い。
「……人間みたいに作りやがって」
ゴミだ、普段扱うジャンクと大差はない。
息もしない、物も食べない、感情もない、ただの機械だ。
生まれる罪悪感を罰するように、俺は工具を無防備な女に近づけた。
「俺のために、死んでくれ」
柔らかな無機物に、錆びた工具が触れる───
「おはよ! マスター、だよね?」
何の前触れもなく、ヒューマノイドの電源がついた。青い眼は灯り、仄かに頬も色付く。
俺はまだ何もしていない、誤作動だろうか。
「ちっ、じっとしてろ」
「了解しました、マスターの命令は絶対……なんてね!」
跳ねるように反動をつけて女は立ち上がり、両手を後ろに隠す。
「うん、オーケー」と頷くと女は可愛く腰を曲げて、頬に人差し指を当てた。
「へへーん、自己紹介しちゃうよ! 私の名前はね? なまえはぁ……えと、なんだっけ、マスター?」
困り顔で俺を見上げる、彼女はヒューマノイド。
この動作はエラーか、それともプログラムか? 俺を名付け親に仕立て上げる状況設定に過ぎないのか?
俺には分からない、ガラクタじゃない完全体なんて碌に触ってこなかった。
(……いや、落ち着け。まずは電源を落とそう)
「悪い、俺はマスターじゃない。お前の整備技師だ。メンテナンスをする為に電源を落とさせてくれ」
「え? メンテナンス? しないよ、そんなこと」
「するだろ、機械なんだから」
「だから、しないって。寿命が来たら死ぬの。それで終わり!」
(……『上層』では、それが常識なのか?)
『上層』のことは、あまり知らない。機人と人間の割合が9:1の場所で、機人による統治が行われている、という程度だ。
しかも真偽は不明、実際に見た訳じゃない。
『上層』がどんな場所か、この女は知ってるのか?
「というかそれより〜、私の質問に答えてよ! 私の名前、マスターなら知ってるでしょ?」
「……ナゴミで、いいか。お前がいると場が和む」
「えっ!? めっちゃいい名前じゃん!……多分違うけど、まいっか☆」
そう言うなり、彼女はガバッと抱きついてきてきた。
至近距離で俺に笑いかける。
「私の名前はナゴミ! よろしくね、マスター!」
その一連の動作を、俺は心底気持ち悪いと思った。初対面の相手にやる挨拶じゃない、常識的じゃない。
───所詮お前は機械だ。プログラミングされたコンピューターだ。……だが、有用な道具かもしれない。
少し、様子を見よう。
◆◇◆
「『上層』で暮らすのが、マスターの夢なの?」
モニターの修理中、暇になったナゴミが話しかけてきた。
「今テスター構えてんだ、静かにしてくれ」
「マスターそんなこと言って、あれからずーっと機械のことばっかり。もっと私にもかまってよ〜」
「ちっ……」
だいたい二日経過したが、有益な情報は引き出せなかった。おそらくは彼女の記憶媒体から『上層』に関するデータが軒並み消去されているのだろう。
何を聞いても知らぬ存ぜぬの一点張りだ。そのうえ「外に出たい!」だの「つまらない!」だの不満ばかり言いやがる。
(少し、元カノに似てるな……)
テスターの針がビンと振れる、ちょうど故障箇所だ。
「───機械が、似ている……?」
待て、待て待て待て。ふざけるな、ありえない。そんなの俺じゃない、戸惑いが脳を埋める。コイツは機械だ、我儘なんて愛嬌未満の不快に過ぎないだろ。
分かった、ああ分かった!───もういい加減壊そう。ひと思いに、壊してしまおう。心に毒だ、忘れてくれ。
「……なぁちょっと、動かないでくれるか」
護身用のスタンガンを手に取り、女に襲いかかった。殺すと脅せば自ら電源を落とすだろうか。
恋人に行為を迫るかのように、衝動のまま押し倒した。俺の突飛な行動にナゴミは無抵抗。
「もぅ、ちゃんと頼んでくれたら断らないのに。マスターは口下手なのかなぁ?」
細い首にスタンガン、顎を上げて苦しそう。俺に流す目は扇情的でどこか危うい蒼色。
ためらいを覚える、自分が嫌だ。機械に命なんてないのに。
「……マスター。もし本気ならさ、最期にひとつだけ、ワガママ聞いて欲しいな」
「何が、何が望みだ……こんな主に、機械は何を望む?」
「えー、決まってるじゃん。───デート、してみよっか?」
死にかけた機械は、生き生きと夢を明かした。