5.悟くん、おねえさんたちと鬼ごっこする②
自分の中で想像しているギャル語が令和では死語である可能性があってとても怖いです。
1分後―――
「いや~!にしてもあのガキマジでイイ気味だよね~!」
と、笑いながら話すのは茶髪セミロングさん。手にはアイスを持っています。
意外なことに、4人は本当に!ちゃんと!後ろを向いて1分数え、律義に悟くんが逃げるのを待っていました。しかしその後は急いで悟くんを探し回るでもなく、のん気にアイスを買い食いしながらある場所に向かって歩いたのでした。
「でもさぁ、別にリチギに1分待ったなくてもよかったんじゃないのー?」
「いや、あのガキは多分そこら辺抜け目ないから、ウチらがちゃんと数えてるかどうかどっかから見てたはずだよ」
「あ、ナルホドー」
茶髪セミロングさんにそう言われて、黒髪ストレートさんが納得したように頷きました。
「ま、後で泣きながら土下座することになるのはあのガキなんだし、こんくらいは付き合ってやってやんなきゃね。アタシらの温情ってやつ?アハハ!」
と、余裕の表情の金髪さん。これまでの悟くんへの怒りの熱もすっかり冷めたのか、これから起こることが楽しみでしょうがないというようにごきげんです。
「でもさぁ、うまくいくかなー?あとでウチらまでオコられたりしないー?」
「大丈夫大丈夫!そこもアタシが臨機応変に上手くやるからさ!」
「……(コクコク)」
「そうそう。こいつの考えた悪だくみでアタシらが失敗したことねえし」
「ちょっ、マジひどいー!作戦って言ってよー!」
「……ふふ、ウケる…」
『キャハハハ!!』
と、こんな具合にバカ騒ぎしているうちに、4人は目的の場所に到着しました。
その場所とは―――『迷子センター』
「みんなで行くとさすがに怪しまれるからね。アタシらは向こうで待ってるから、あとはアンタに任せたよ」
「はーい!ギャルピ孔明ちゃんにおまかせ!」
金髪さんに背中を押され、茶髪セミロングさんが1人で受付のお姉さんのもとに向かいました。
「あのぉ、すみませぇん」
「はい、どうされましたか?」
突然場違いのギャルギャルしい女子高生が現れたことに少し疑問を覚えましたが、受付のお姉さんは営業スマイルで応えました。
「じつはぁ……」
「うのがはらさとしくん、ですか?」
「はい~そうなんですぅ。私の隣の家の子なんですけどぉ、さっきたまたま会ってその子のママさんと話しててぇ、気付いたらさとしくん1人でどっか行っちゃったみたいで今探してるんですぅ」
あざとすぎる猫なで声でスラスラとそう話す茶髪セミロングさん。
「そうなんですね。それで、その子のお母様は今どちらに?」
「ママさんが2階で私が1階で二手に分かれて探してるんですけど全然見つからなくてぇ……ママさんと連絡取り合ってぇ、丁度迷子センターの近くに私がいるから行って呼び出してくれないかってなったんですぅ」
ウソがとっても上手な茶髪セミロングさん。
まるで本当に起こったことかのようにスラスラと話していきます。
受付のお姉さんも、見た目によらずしっかりしている、と心の中で感心しました。
「わかりました。では、お呼び出しさせていただきますので、改めてその子のお名前、年齢、住所と……」
「名前はさっき言った通り『うのがはらさとし』!歳は9歳!あの子すっっっごいさみしがり屋できっと今頃泣いてると思うんです!しかもほら!最近は変態が子どもを連れ去っちゃう事件とかもあるじゃないですか!もう私もその子のママさんも気が気じゃなくて!だから早く放送流して見つけて出してあげてください!」
「は、はい!それはもちろん!ですのでどこから来たのかなどの情報を……」
「『うのがはら』なんて珍しい名字なかなかいないからすぐわかりますよ!それにこうしてる間に変態が迫ってるかもしれないんですよ!何かあったら責任取れるんですか!」
「え、あ、それは……」
「じゃあ早く呼び出してください!!」
「は、はい!」
あまりの勢いのすごさに気圧されたのか、責任という言葉に弱いのか、受付のお姉さんは急いで迷子の呼び出し放送を始めました。
ピーンポーンパーンポーン。
「お客様に迷子のお呼び出しをいたします。
9歳の、うのがはらさとしくん、9歳の、うのがはらさとしくん。
お連れ様がお待ちです。
至急、1階クレープ屋さんの横にある迷子センターまでお越しください。
繰り返します、9歳の……………」
『作戦成功♪マジ楽勝なんだけどwwwww』
呼び出し放送を聞きながら、茶髪セミロングさんからのLI●Eを確認する金髪さんたち。
「さすが、上手くいったみたいだね」
「マイゴのよびだしとか天才すぎ~!鬼ごっことかゆーから走りまわらなきゃいけないかとおもったけどぉ、汗かかずにすんでよかった~!」
「……まさに、孔明の罠」
「あとはあのクソガキと、身に覚えのないこの放送聞いてすっ飛んできた母親を待ち伏せして、母親にクソガキの悪事をチクって親子共々土下座させて、ついでに慰謝料貰ってジ・エンドだね」
「でもさぁ、もしあのガキの親がモンペで逆ギレされたらどうするのー?」
「大丈夫、アイツも言ってたっしょ?『迷子になったらママに怒られる』ってさ。あのガキがそう言うってことは多分相当だから、こんな大騒ぎなことしたってなればもうマジヤバでしょ」
「てことはぁ、これでホントのホントにウチらのカチカクってコト?コト!?」
「……勝ち確、対あり」
女子高生たちはこの完璧な作戦に勝利を確信しました。
「さぁ、はやく来いよクソガキ……ここに来た時がテメェの最期だ……!!!」
「悟くーん!ここよー!」
デパート1階入り口。
その近くで停車していた車の中から手を振って悟くんを呼ぶのは、悟くんのお母さんでした。
「あ、お母さん!おまたせ!」
悟くんは急いで駆け寄り、車に乗り込みました。
「ごめんね、わざわざ下まで降りてきてくれて」
「ううん、いいのよ!それより、悟くんのおかげでママ久し振りに沢山お買い物できたわ!ありがとね、悟くん!」
そう言って嬉しそうに微笑むお母さんに、悟くんもニッコリ笑って、
「どういたしまして!ぼくも楽しかったよ、お母さん」
と返事をしました。
時間は戻って、ファンシーショップ。
女子高生たちが作戦を立てている間、悟くんは4人に背を向けてスマホであるものを確認していました。
1つはこのデパートのホームページ。彼女たちにも言ったように、デパートの館内図などを確認していました。
そしてもう1つは、先程届いたお母さんからのLI●Eでした。
『悟くん!
ママはあと2階にある靴屋さんと本屋さんに行ってお買い物おわりです!
あと20分くらいかな?さとしくんは今どこにいますか?
お買い物がおわったらむかえにいきます』
(あと20分か。鬼ごっこのスタートタイミングとしてはまあ丁度良いかな)
悟くんはチラッと後ろを向き、改めて4人の様子を伺いました。
相変わらず、茶髪ゆる巻きさんが仁王像のようないで立ちで悟くんを睨みつけています。
その後ろで他の3人は悟くんには目もくれず、何やらキャーキャーと盛り上がっている様子でした。
(どうやらあっちはまだお楽しみ中のようだね。まあ彼女たちの考える事だ、そう時間を取るような複雑な作戦でもないだろ)
悟くんは腕時計を確認しました。
現在の時間は15時34分。
(流石にあと3、4分ぐらいで終わるかな)
そう計算すると、再び前に向き直り、
「うーん、思ったより地図が広くて覚えきれないなぁ……どうしよう……」
と、茶髪ゆる巻きさんだけに聞こえるような声でわざと困ったように言いました。
「……(ニヤリ)」
(引っかかった)
茶髪ゆる巻きさんが静かにほくそ笑み警戒を緩めたのを背中で感じ取ると、悟くんはスマホと指の動きを見られないように体の角度を変え、そして、
タ、タタタ、タタタタタタタタタタタタタタタタタッ!!!
ものすごい速さのフリック入力でお母さんにLI●Eの返信をし始めました。
『お母さん!
ぼくは今1階にいます。荷物がたくさんで大変だと思うからむかえにこなくても大丈夫だよ!
車で1階の入り口まで来てくれたらぼくがそこに行くね!
今が15時35分だから、16時になったら行くね!急がなくてもいいからね!』
この文章を打ち終わるまでの時間、わずか5秒。
きっと後ろにいる女子高生たちでもこんなに速くはLI●Eできないでしょう。
その後すぐにお母さんから返信が来ました。
『わかった!ママのこときづかってくれてありがとう!それじゃあ16時に1階の入り口に行きます!気を付けてきてね!(ありがとうのクマさんスタンプ)』
『うん!わかった!』
最後に悟くんも『またあとでね』としゃべるおそろいのクマさんスタンプを押して、スマホをポケットにしまいました。
(……これでよしっと)
「うーん……まあ大体見終わったかな。あんまりずっと見続けていても逆に混乱してしまうし、あとは整理整頓の続きでもしていようかな」
「……(ニヤリ)」
(チョロアマだな)
1分半で鬼ごっこの準備を終えた悟くんは、茶髪ゆる巻きさんから向けられる見下しの笑みを心の中で笑いながら、女子高生たちの作戦タイムが終わるまでの間、お店の整理整頓に勤しみました。
そしてそこから20分後の16時。
鬼ごっこを開始してすぐに1階の入り口に向かった悟くんは、無事お母さんと合流したのでした。
「悟くんも何かお買い物したの?買い忘れとかはない?」
「僕は大丈夫だよ!色々見て回って満足したから!さ、早く帰ろうお母さん。僕おなかすいちゃった!」
「ふふ!そうね、早く帰ってお夕飯の支度しなきゃね!今日は悟くんとっても優しくておりこうさんだったから、悟くんの大好きなハンバーグにしましょうね!」
「ホント?やったー!お母さんの手作りハンバーグとってもおいしいからお父さんもよろこぶね!」
「まぁ、そんな風に言われるとママ照れちゃうわ!それじゃあ、早く帰ってさっそくハンバーグ作りましょうね!」
「うん!ぼくも手伝うね!」
「まぁ!ありがとう悟くん!」
幸せあふれる親子の会話をしながら、お母さんは車を出発させようとしました。その時。
ピーンポーンパーンポーン。
「お客様に迷子のお呼び出しをいたします。
9歳の、うのがはらさとしくん、9歳の、うのがはらさとしくん。
お連れ様がお待ちです。
至急、1階クレープ屋さんの横にある迷子センターまでお越しください。
繰り返します、9歳の……………」
入り口の近くに設置されたスピーカーから聞こえてきた迷子の呼び出し放送を聞いて、お母さんは首をかしげました。
「まあ、9歳って言ったら悟くんと同い年ね。しかも同じ名前!大丈夫かしら?うちの悟くんは迷子にならなくてよかったわ~」
「このデパート広いから、大人でも迷子になっちゃいそうだよね」
悟くんのそんな言葉を聞いて、お母さんは小さく笑いました。
「ふふ、そうね。じゃあ、そんな大人も迷子になっちゃいそうなデパートで1人でいても迷子にならなかった9歳の男の子は、とってもえらくてかしこいってことになるわね。ね、悟くん?」
「そうだね!そんな子がいればね!」
明るい笑い声を乗せて、車は出発しました。
そして最後に、チラリと後ろを振り向く悟くん。
「あら、どうしたのさとしくん?」
「……ううん、なんでもないよ。デパート楽しかったね、お母さん!」
こうして、悟くんは大好きなお母さんと一緒に、幸せあふれるわが家に帰っていったのでした。
次回で終わりです。