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2.悟くん、おねえさんたちとお喋りする

君のような頭のいいお子様は……

 悟くんは、誰にも気づかれない様に足音と気配を消して、そっとお店の中に入っていきました。


 この足音と気配を消すという技術は、悟くんがいたずらをより完璧にするために身に付けたものですが、さすが悟くん!4人の女子高生どころか店員さんたちも悟くんの存在に全く気づきません。

 悟くんは4人から少し離れた商品棚の陰に身を潜めました。棚に目をやると、そこはまるで子どもが玩具で遊びっぱなしのままの様な悲惨な状況でした。


 悟くんは、その悲惨な状況を利用することにしました。


 4人にある程度近づくと、今度は足音や気配を消すのをやめ、わざと見つかる様にしながらぐちゃぐちゃにされた商品を整理し始めました。


 「ん?…って、えぇぇえ!?」


 4人の中の茶髪のセミロングの女子高生がその物音に気づき、いきなり現れた悟くんに驚きの声をあげました。


 「なに?どしたの…って、えぇぇえ!?」


 他の3人もそれに気づき、同じ様に驚きの声をあげました。奥の店員さんたちも、いきなりの悟くんの登場にびっくりしています。


 「なっ、何だよこのガキ、いつの間に…!?」

 「さっきまで、ウチらしかいなかったハズなのに…」


 4人は「は?は?」と連呼しながら一様に不思議がっています。

 そんな4人にはお構い無しで、悟くんは商品の整理を続けます。


 やっとのことで4人は落ち着きを取り戻し、さっき店員さんを馬鹿にした金髪女子高生が悟くんに話しかけました。


 「ね、ねぇボクぅ、いつからソコにいたのぉ?てゆーか、なにしてんの……?」

 「……」


 無視。


 「ちょっと!なにシカトしてんだよ!」


  怒鳴られて、悟くんはやっと顔を上げました。そしてそのままじっと4人を見つめます。


 「な、なんだよ……さっさと答え」

 「ずっといたよ」


 金髪さんの言葉を遮って悟くんは答えました。


 「ずっといたよ!」


 子どもらしいあどけなさで、もう一度答えます。


 「ず、ずっとって、マジで……?」

 「本当だよ!ずっと(店の外に)いたよ!僕ウソなんてついてないよ?」

 「あっそう……じゃあ、そんなトコでなにやってんの…?」

 そう聞かれて、悟くんはにっこり微笑みながら答えました。


 「整理整頓」

 「は?」


 4人は同時に聞き返します。

 「だから、整理整頓だよ!」

 と、悟くんは胸を張って答えました。


 「小さい頃からママにずっと言われてるんだ!『物を使ったら散らかしっぱなしにしないでちゃんと片付けましょう』って!『でないと人に迷惑をかけるワルイ子になっちゃいますよ』ってね!」


  ………。



  数秒間の沈黙。


 そして……


 「……は?え?はぁ?ちょっ、はぁああ?!?!」

 「なんだそれ?!このガキチョームカつくんですけどぉ?!」

 「整理整頓とか意味わかんねー!!」

 「マジなんなん?マジでなんなん!?」


 おやおや、4人の女子高生達はブチギレてしまいました。


 「えっと、幼稚園の先生にも習ったんだけど……」

 「フザけんな!なに?ウチらは幼稚園児以下ってコト!?」

 黒髪ストレートヘアの女子高生がつけまをワナワナさせながら言いました。

 ご名答、と悟くんは心の中で呟きました。


 「お、お客様!小さな子に向かってそんな……」

 「……ぁあ!?」

 「ヒッ!!」

 さすがに子どもが追い詰めらているのを黙って見ていられないと先ほどとは違う店員さんが間に割って入ろうとしましたが、4人の中でひと際体の大きな茶髪ゆるふわ巻きロングの女子高生のゴリラのような睨みに圧倒され、その場に硬直してしまいました。

 

 「大丈夫だよ店員のお姉さん!みんなでお話してるだけだから!」

 そう言って店員さんに向かって笑顔で手を振る悟くん。

 その呑気な態度にチーク濃いめの頬をピクピクさせながら、金髪さんが悟くんに詰め寄ります。


 「で、なに?アンタはアタシらのことを悪者だって言いたいの?」

 「ちがうよ?」

 「じゃあ悪いことしたアタシらにお説教でもしようっての?」

 「そうじゃないよ?」

 「じゃあなんだってんだよ!!」


  しびれを切らした金髪さんは、唾を飛ばしながら悟くんに怒鳴りました。

その唾を誰も気付かないようなさりげない動きで避けながら、悟くんはじっと金髪さんを見上げました。


 それまでのにこやかさとは違い、なにも感じさせない、それでいて吸い込まれてしまいそうな大きな目。

 その目に思わず一瞬怯んでしまったものの、金髪さんは負けじとギラギラした目で悟くんを睨み返します。


 しばらく睨み合いが続いた後――。



 にやり。



 悟くんは、笑いました。



 子どもにしては少し奇妙ながら、年相応のあどけなさを滲ませていた先ほどまでの少年とは一変。まさしく「悪魔のような」のようなドス黒い笑みを浮かべ、そして、喋り出しました。


 「ボクは別に君達に説教する気なんて更々ないよ。だってそうだろう?『整理整頓』の意味もわからない人たちに一体どうやって説教しろって言うんだい?まったく嫌だなぁ、いきなり『説教するつもりか』なんておかしなことを言うんだから。はぁ……それにしても驚いたよ、まさかこんな所でこんな単純明快なことすら知らない人たちと出会ってしまうとは。その制服はこの近くの美咲野女子高校のものだよね?リボンが緑ということは学年は2年生のはずだけど……君たち本当に高校生?今高校生ということはもちろん義務教育は受けてきたんだよね?そしてもうすぐ18歳で成人になるんだよね?さっきも言ったけどこんなこと幼稚園で習うことだよ?君たちの園では教えてくれなかったのかな?それともスマホに夢中ですっかり頭の中から消えてしまったのかい?頼むから全く聞いたこともなくて知らなかったなんて言わないでくれたまえよ。……あぁ失礼!知らなかったからこんな風に散らかしっぱなしにしていたのだよね!いやぁ失敬失敬ボクとしたことが!それにしても、生活の上で欠かすことの出来ない整理整頓を知らないなんて同情するよ。親御さんの気苦労が目に見えるね。そう考えるとここにボクがいて本当に良かった!なにせこうして君たちの代わりにこんな完璧な整理整頓をしてあげているんだからね。やり方がわからないと言うのならボクのを見て真似すればいいよ!あぁでも勘違いしないでくれたまえボクがこうして整理整頓をしているのは別に君たちのためじゃない、ただボクが綺麗好きでさっきみたいなごちゃごちゃしたのが嫌いで嫌いで仕方がなくてただ自分にストレスが溜め込まれる前にそれを阻止しようとしただけなのだからね」



 …………。



  沈黙。ただただ沈黙。



 最初はかろうじてあった句読点も、最後の方にはまるで邪魔だとでも言うように無くなっていました。

(でも悟くんは1回も噛みませんでした。)


 言いたいことを言い終わって満足げな表情。


 ーーかと思いきや、自分で作った沈黙を自分で蹴破るように、悟くんはまた喋り出しました。



 「あぁそうそう。今までのボクの言動を振り返るとまるで君たちのことを侮辱しているかのように聞こえるかもしれないけれども(侮辱してないとは言ってない)、気にしないでくれたまえ。誰にだって、知らないことや失敗は沢山ある。現に僕だってまだ9年間しか生きていなくて、その内の何年間は僕の意志なんて全くない空白時間帯で、その間に沢山の粗相をしてしまっている。そしてもちろんその後自分の意志を持つようになってから今に至るまでだって、ボクはいくつもの失敗をしている。見逃したこと聞き逃したことだて数え切れない。9年なんていう短時間でこの広い世界の常識非常識、いや、世界どころかこのデパートの中で起こっている些細なことでさえ全てを知るなんて絶対無理だ。つまりボクは、無知だ。これは認めざるを得ない事実だ」


 ここで一旦言葉を切ると、悟くんは4人の女子高生達をまっすぐ見つめ、まるで勝ち誇ったかのような悪魔の笑みを見せながら、


 「……まぁしかし、君たちよりは遥かに世界を知っているけどね」


  と言いました。



 ……………………。



 沈黙。完全なる沈黙。

 まさしく今こそ、ある意味の空白時間帯。

 4人の女子高生も、店員さんたちも、みんな仲良く思考回路が空白状態。



 そして全員の脳裏に等しく浮かんだ言葉。



 ……こいつは本当に小学生なのか?



 大人でも小難しい言葉を一度もつっかえることなくペラペラと饒舌に喋り倒し、その態度や醸し出す雰囲気は、年不相応のナルシスト的紳士とでも言おうか――。


 そんなことを考えながら、その場にいる誰もがただただ呆然と立ち尽くしていると、

 「じゃあ、そういうことで」

 そう言って再びにっこり微笑み、悟くんは店を去ろうと歩き出しました。

 しかし。


 ガシッ!


 いきなり後ろから頭を鷲掴みにされ、ゆったりと振り返った悟くんの目の前には――


 絶対零度の怒りを放つ、4人の女子高生たち。


「……待てよ。そういうコトでって、どういうコトだよ……」



 どうやら4人は、まだ悟くんとお喋りし足りないようです。


つづく

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