抑止力の英雄の最期
無理やりシリーズものにしてやりました。
よければ前作もお読みください。
「クッ、流石にそこまで脆い拘束じゃないか………」
「…………意識がある時点でおかしいのだが………」
真っ白な空間、言い換えるなら《精神世界》だ。
その空間で、大量の鎖に縛られた男と、大量の異形がいた。
だが、平気そうなのは鎖に縛られた男のみ。
異形達は男を鎖で縛った後に疲れ果ててもう何もできないだろう。
縛られている男は〔勇者〕だ。
もっと詳しく言うならば、〔勇者メルヘン〕。
名の如く、お伽噺の英雄のような男だった。
◾️ ◾️ ◾️
彼は、《選定の剣》に認められた、世界の調停者だ。
《選定の剣》に認められた瞬間から、彼は歳を取らず、この世界で永遠に平和を保つことを約束させられた。
人間を救い、獣魔を救い、あらゆる者と対話し、真の平和を志さんと努力をし続けた。
なぜなら、自分が選ばれたから。
そこから、種族は進化を遂げた。
人間は文明を築き、獣魔は人間と分かりあうために人間に近い姿形を獲得した。
後に、それらは魔人と呼ばれたり、獣人と呼ばれたり、獣魔の姿のままの生き物たちは魔獣と呼ばれるようになった。
そんな中でも、彼はずっと、全てを見守ってきた。
調停者として、全てを守るように立ち回っていた。
だが、ただ一人の男に任せると言うのは、癪だったのだろう。
魔族達は、かつて人間との争いを止めてくれた彼が、この先も同じように、機械のように生きていかなければならないことに憤怒した。
そしてその原因を、最も文明の栄えていた人間に押し付けた。
『便利を求め続けるから、争いが起きる。だからこそ、彼は動かなければいけない。これ以上、彼に苦労をかける生き方はやめるべきだ』
そう主張し、人間を攻撃してしまった。
もちろん、それはメルヘンによって止められたが、人間の怒りは収まらなかった。
『何故、我々だけが問題視されなければいけないのか。争いが起きるのはどこも同じ。ならば、その考えこそ彼に苦労をかけるのでは?』
人間も逆上し、魔族に攻撃を始めた。
これが、《人魔戦線》の始まりだった。
魔族が争う人間を殺し。
人間が殺された復讐をし。
やがて、《人魔戦線》はメルヘンを思いやる戦争から、互いを傷つける戦争となっていった。
『人間が憎い』『魔族が憎い』。
そういった感情が先走り、互いを傷つける様が見えた。
メルヘンは、止めるべきはどちらなのかがわからなくなっていた。
魔族が敵。
いや、敵など存在しない。
でも、全ての始まりは魔族に。
だが、魔族の言い分は優しさ故であり。
人間が悪い?
いや、善意の相違?
様々な思考が飛び交う中、彼は決意を決めた。
『それぞれの王と、3人で対話をしよう』と。
そして、約束を取り付け、3人はメルヘンの下で話し合いを行った。
『何故、この2種族間は争い続けるのか』
『魔族が攻撃を続けるからだ』
『いいや、人間が攻撃を止めないからだ』
もはや、この二種族は全て忘れて争うだけの者たちになってしまったらしい。
『いいか、次争いを起こしたら、種族全てを皆殺しにしてやる。世界の調和のためだ。わかったら、早急に争いをやめることだ』
優しさを失ってしまった二種族に怒りを露わにしたメルヘンは、自身でもしたくない脅しをしてその場を去った。
それ以降、争いは鳴りを潜めたかのように思えた。
戦争終了会議の10年後。
メルヘンにとっては短い時間だったが、人間はなるべく穏やかに暮らそうとしているようだった。
だが、魔族は違った。
人間と違い、魔族は長命な者が多い。
その為、人間への恨みを根にもつ者も多かった。
その為、弱っていった人間たちを見て好機と思ったか、あろうことか魔族は無力な人間たちを襲い出した。
その様子を感じ取ったメルヘンは怒り狂い、その怒りに身を任せて魔族の敵となった。
世界の調停者だけあって、メルヘンはどの種族にも負けないチカラを持っていた。
敵対する魔族たちを次々と薙ぎ払い、容赦なく領地を荒らし始めた。
だが、そこがダメだったのだ。
魔族達は、昔々からメルヘンの為に溜め込んでいた魔力と、メルヘンを休ませる為の封印を残していた。
それが誤認され、最近発見された際に『これはメルヘンが暴走した時に止める為の封印だ』とされた。
過去の魔族の技術は、現代の魔族の技術とは比べ物にならない精度であり、【お人好し】のメルヘンはまんまと罠に嵌ってしまった。
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「あぁ、おいたわしや。世界の抑止力、〔勇者メルヘン〕よ」
「あぁはいはい。アンタら、どう言うつもりだ?確かに昔々、俺に感謝を持っていた頃の魔族の遺物なんて持ち出して、封印?できるとでも?」
「えぇえぇ、出来ますとも。ギリギリですが、貴方の一瞬の隙をついて、えぇえぇえぇ。それはもう、手に汗握るといっても過言ではないほどのギリギリでしたがね」
「はぁそうかよ。確かにちょっと疲弊しているからまずいかもな。で?どうするわけ?」
「おやおや、貴方はただいまどう言う状況かを理解しておりませんな?」
「あぁ?」
勇者らしからぬ、怒りのこもった返答に少し怯えるが、魔族の神官らしい男は説明を始めた。
「ただいま、貴方を精神世界で拘束中ゆえ、本体は我々が自由に使う権利が与えられました。その為、貴方の本体を魔族に作り替え、対人間の兵器に利用しようと言う魂胆ですよ」
その瞬間、魔族の神官に背筋が凍るほどの寒気が走る。
それは、メルヘンによって向けられた殺意であった。
(ただ一人が『殺したい』と思っただけで、これほどのパワー……。このような男に勝てる者がいるのか……?)
神官は恐怖していた。
だが、もう彼は精神を縛られ、本体は魔族の支配下。
恐れることはない。
「それでは、精神の貴方には一時眠っていただくほかありません。身体は私たちが有効的に活用させていただきます。それでは………」
古代の魔族が残した封印によって、メルヘンは次第に眠りに落ちていった。
だが、そのまま眠りこけるほど、彼は無策ではなかった。
メルヘンが眠る前に出した、機械音声のような声は、このように報告した。
『魔族以外の全生物に精神を接続。これより、選定の剣を精神と同一化させ、これから生まれる魔族以外の全生物を対象に〔勇者〕の権能と、スキル〔選定の剣〕を授かる権利を与える』
こうして、メルヘンの意識は長い眠りにつき、勇者は誕生し、魔族に乗っ取られた世界の調停者であるメルヘン………
……………改め、〔魔王メルヘン〕が、誕生した。
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魔王メルヘンの誕生は、人間及び他の生物達にも衝撃をもたらし、数々の噂が蔓延った。
だが、その中に〔メルヘン〕を擁護する噂は一切なかった。
どの種族、どのような生物も、『〔メルヘン〕は裏切った』、『世界の調停者はもう死んだ』と騒ぎ立て、誰一人として、〔メルヘン〕の存在を肯定する者はいなくなった。
その代わり、〔メルヘン〕の代替わりとして出て来た勇者はとても歓迎された。
〔勇者メルヘン〕ほどのチカラが無くとも、魔王に唯一対抗できる『光』のチカラの使い手として重宝され、立派に育て上げられて旅に出た。
一方その頃、メルヘンの意識は、精神が接続された勇者の意識の奥深くから、状況を確認する。
「おーい。勇者くーん!聞こえるー!?うん、無理そうだ。こっから助言するのは諦めよう」
権能〔勇者〕の力の源は、メルヘンの魂だ。
そのため、権能〔勇者〕を持つ者には、同時にメルヘンの魂も有している。
勇者が魂への攻撃に強いのはこのためだ。
メルヘンの人格は消えずに残り、権能〔勇者〕と同期して勇者に力を与えているが、勇者はそのことに気づいていない。
メルヘンはここで、人族などの種族が〔勇者〕という途轍もなく大きなチカラを得た時、どれほど悪の道に使われてしまうのかを目を逸らさずに見続けなければならないのだ。
自身が、必死になって守らなければならないほどの種族たちだったのか、考えさせられるのは一度ではなかった。
それに、もし〔勇者〕が〔魔王メルヘン〕を倒すことができれば、〔勇者〕と〔魔王〕が共に消えてしまい、唐突に世界の主力がなくなってしまうのだ。
そうすると、今まで〔メルヘン〕が睨みを利かせて牽制していた他の〔並行世界〕と呼ばれる次元が、どんどんとこの世界へと侵食してしまう。
まぁ、それも自業自得か、と思える程、メルヘンは疲れ切っていた。
ワガママな人族、魔族、獣族の3種族の間に入り、争いを止め、両者を納得させる。
〔選定の剣〕に選ばれただけで、今まであの体で生かされてきたんだ。
今は潔く、俺の本体を殺しにくる〔勇者〕を楽しみにするだけだ。
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端的に言うと、長すぎだ。
いや、確かに俺の本体はこの世界ではNO.1の強さを誇るだろう。
だけどな?
そんな奴からチカラを支給されておいて、何故3桁台の勇者が出てきてしまうんだ!!
もう見ている方も飽きたわ!!
序盤はいつ殺されてしまうのかハラハラしていたが、今やレベルが下がりすぎてハラハラできなくなってしまった。
なんなら俺の本体まで辿り着けない奴らもいる。
もう我慢の限界だった。
今代の勇者で終わりにしてやろう。
〔選定の剣〕、能力解放。
〔勇者〕上限開放。
これで最後にしよう。
もう、これで《人魔戦線》を終わらせて、俺を解放してくれ。
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人間の成長はあっという間だった。
さすが、今までで1番のチカラを授けられた最強の勇者だ。
俺も全力で支援して良かったと思っている。
彼らは、ようやく自身の中の〔勇者メルヘン〕のチカラを最大限まで借りることによりようやく〔魔王メルヘン〕を倒すことに成功した。
崩れ落ちていく、自身の本体が見える。
世界の抑止力として選ばれ、最後の最後までこの世界の平定の為に尽力しようとし、最後には魔族に嵌められて、人族に裏切り者扱いされて生涯を終えるとは。
全くもって、この世というのは予測ができないものだ。
さて、これからの世界は混乱に巻き込まれることになるだろう。
今まで〔メルヘン〕の効力によって寄り付かなかった〔並行世界〕が、〔メルヘン〕不在により一気に近づいてくることだろう。
つまり、世界の運命の分岐点が急に増えたということだ。
そして、並行世界からの干渉を受けることにもなる。
後に、それは『異世界』と呼ばれるようになり、転生&転移してその世界間を行き来する人間が度々目撃される、と。
なるほど、〔メルヘン〕が死んで、何か悪い方向に話が転がるかと思えば、なんなら世界間の交流が増えていい影響を与えてくれる。
つまり、私の生涯はここで閉じる役目なのだな。
眠るように、ゆっくりと目を瞑る。
今まで時間が勿体無いし、寝る必要がないからとあんまりぐっすりと寝ていなかったからな。
この数百、数千年分の眠り。
ここで消費するとしよう。
まぁ、新たな人族と魔族への手向けとして、〔勇者〕と〔魔王〕の称号と、〔スキル〕の概念だけは、残しておいてやるとしよう。
その瞬間、〔勇者メルヘン〕は、長い長い眠りへと、意識を委ねたのであった。
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人族は愚かなことに、魔王を倒した後に、〔メルヘン〕は操られていただけなのだと知った。
人族は後悔し、長らくこの世界を見守ってきた彼を祀るため、教会を作った。
その教会は、すべてとわかりあい、全ての争いを無くすための教会。
その教会で使われる、最も位の高い、誓いの言葉。
それこそ、今では有名な「メルヘンに誓って」というものなのです」
「よく読めました、ニーナさん」
教室内で拍手が起こる。
ニーナ・スーピン、18歳。
人魔歴史探究の時間の教科書の朗読をしたところだ。
家庭は少し複雑で、スキルの関係で追放された兄を追いかけて家出し、良心ある今の養父母に育てられた。
「ねぇねぇ、あんな『世界の抑止力』なんて人、いたと思う?」
「御伽話に決まってんでしょ。そんな人いればそれは凄すぎるんだって」
「凄すぎるで言えば、アレだよね。今話題の、魔王出現で魔族が活性化してる魔族を殲滅する男。回し手、だっけ?」
「そ。そーいう噂も聞くけど、そんな人がいるなら、〔勇者メルヘン〕ってのもいるんじゃないかなぁ〜」
談笑する女生徒の会話が聞こえる。
盗み聞き、と言われるとすこし行儀が悪いかもしれないが、兄の別名が聞こえてしまうと、思わず少し聞き耳を立ててしまう。
耳に入ってしまう会話だから仕方がない、仕方がない。
昔々にこの世界いた、悲劇の勇者メルヘン。
どのようなものにでも優しく、争いを好まず、自身が作り出した『光』と言う概念でしか死ぬことが許されずに人類が誕生してから今まで語り継がれる最も聞くことのある伝説。
もし、本当に生きていたのならば。
きっと神様みたいなものなのだろうか………。
◾️ ◾️ ◾️
「ようこそいらっしゃいました。貴公は異世界へと転生者ということで、我が世界へと案内されました。おめでとうございます」
天界。
純白の衣を纏った美青年が、現代風の服装の男に言う。
「は、はぁ………。私が、転生ですか?」
「その通りです。我が世界は大昔、《人魔戦線》と呼ばれる、人間種と獣魔から派生した準人間種である魔人の戦争があり、人間が勝利した世界です。〔スキル〕という概念。〔勇者〕や〔魔王〕と呼ばれる者も存在します。さぁ、あなたの容姿、性格、職業、スキル。好きなものを言ってください」
にこやかな美青年が丁寧な説明をしてくる。
「好きなもの、かぁ………。性格はこのままでいいですけど、容姿はちょっとだけイケメンよりにお願いします。後は、職業とスキル…………。職業は旅人。スキルは………どんなのにでも勝てるやつでお願いします!」
「承知いたしました。それでは、良い異世界ライフを」
ニコニコとした神様が手をかざすと、身体からどんどんと光の柱が立っていく。
そこで、重要なことを一つ思い出した。
「………待ってください、神さま」
「?、なんでしょう」
「あなたを信仰している宗教を知りたいので、名前だけ教えてくれると嬉しいのですが………」
「私の名前ですか?…………うぅーん、まぁ、元抑止力の英雄の転生神ですよ。私を信仰している宗教はないので、ご安心ください。それでは今度こそ、良い異世界ライフを」
その声と共に、今度こそ彼は光の柱となって消えていった。
「…………私の名前なんて、嫌でもすぐに聞くことになりますよ」
お読みいただきありがとうございました。
シリーズものにする予定はなかった前作ですが、ちょっと調子乗って前作と関連した人物をちょろっと出して、次作のキャラも少し出してみました。