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第2話

   

 一瞬、幽霊や物の怪(モノノケ)(たぐ)いかと思った。しかし星と月の光に照らされた姿をよく見ると、どうやら人間の男のようだ。

 ならば俺みたいに、潰れた本屋の跡地を夜中に見に来たのだろうか? そんな酔狂な人間が俺以外にも存在するのだろうか?

 なるべくソーッと近づきながら様子を見守ると、男の方では俺に気づいていないようだった。

 薄暗いのでわかりにくいが、どうやら目を閉じているらしい。しかも両手を合わせている。まるで仏壇にお参りするみたいなポーズだ。

 もしかすると、彼はこの本屋と(ゆかり)のある人物であり、この本屋が店じまいした理由は店主の死去だったのだろうか。

 そんな考えも浮かんだけれど、それはすぐに打ち消された。明らかに「お参り」とは思えぬ独り言を、男が呟き始めたからだ。


「姿をあらわせ、魔法の本屋」


 発言そのものも奇妙だったが、さらに異常なのは、歌うような抑揚がついていたこと。音階で表すならば、俺の耳には「ド・レ・ミ・ファ・ソ・ファ・ミ・レ・ソ・ファ・ミ・レ・ド・ド・ド」と聞こえた。


 これは何か暗号や合図、あるいはファンタジー小説などに出てくる呪文詠唱なのだろうか?

 空想じみた考えが頭に浮かび、自身の発想を否定しようとしたタイミングで、本屋の建物がパッと明るくなった。

 かつての営業中のような、いやそれ以上の明るさだ。それこそ魔法みたいな……。

 俺が呆気にとられていると、先ほどの男は店の中に入っていく。

 それから二、三分もしないうちに、まるで「用は済んだ」と言わんばかりに、その光は消える。建物だけが残った本屋の跡地という、元の状態に戻るのだった。


 呆然としたまま、俺は十分も二十分も立ちすくんでいたらしい。

 また建物が明るくなり、先ほどの男が出てくる。彼が言うところの「魔法の本屋」で買い物が終わったのだろう。

 男が歩き出すと建物は再び暗くなるが、男が行くのは、俺のいる場所とは逆方向だった。だから俺の存在には気づかぬまま、男は帰っていく。


 男の背中が完全に見えなくなるまで待って、俺も本屋の前まで足を運ぶ。

 月光に照らされた建物は、ただの潰れた本屋にしか見えなかった。たった今この目で見た出来事が嘘のようだ。

 ドキドキどころか心臓がバクバクしながらも、俺は好奇心を抑えられなかった。

 目を閉じて両手を合わせながら、耳にした音階に乗せて、先ほどの呪文を詠唱してみる。

「姿をあらわせ、魔法の本屋」


 たとえ魔法の呪文だとしても、魔法発動に魔力の(たぐ)いは必要なかったらしい。

 俺が唱えても、同じ現象が起きて……。

 まるで「ようこそ」と言っているかのように明るくなった本屋に、俺は足を踏み入れた。

   

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