皇帝陛下の愛娘は婚約者がいるのに求婚される
この日、ナタナエルは荒れ狂っていた。何故ならリリアージュに流行病から救われた国の一つ、エルキュール王国からリリアージュへの婚約の申し込みがあったからだ。
もちろんリリアージュとニコラの婚約は発表されているので表向きは祝福されているが、自由恋愛からの婚約よりもこちらとの政略結婚の方が余程利益があるだろうと裏で婚約の話が出ている。
ナタナエルは当然リリアージュの幸せが最優先なので、自由恋愛の何が悪いとブチ切れている。
リリアージュの祖父も、一応婚約の申し込みを精査してはいるがあまり乗り気ではない。彼は可愛い孫が選んだ男としてニコラを信用しているし、皇配としての将来性も認めている。それに、元々の婚約者を捨てて政略結婚に走ったらリリアージュとニコラの婚約を心から祝福していた層がどう思うか。あまりプロスペール皇国に利益のある提案とは思えなかった。
一方でナタナエルから何も伝えられていないリリアージュは呑気にニコラとイチャイチャしていた。ナタナエルは普段は割とイラッと来るその光景を見てこのリリアージュの幸せを守らねばと決心を固める。
ナタナエルはエルキュール王国の使者を呼び付け言った。
「リリアージュへの婚約の申し込みは断る。リリアージュは既に相思相愛の婚約者がいる。なにか文句はあるか?」
ナタナエルが玉座から睨むと、エルキュール王国の使者は身を縮めてそれでも発言した。
「恐れながら、婚約者殿とは自由恋愛の末の婚約だと聞いております。第一皇女殿下の利益を考えるなら我が国の第二王子を皇配として迎え、我が国と力を合わせて統治していく方がよろしいのではないでしょうか」
その言葉にナタナエルはまたも機嫌を悪くした。ブリザードが吹き荒れるのではないかと思うほどである。
「それは、リリアージュにはプロスペール皇国を統治するだけの力がないと言っているのか?」
「とんでもございません。しかし、プロスペール皇国はこの十数年で広大な領地と多くの国民を得ており、その統治を支える人材や後ろ盾はあった方がよろしいでしょう。もしこの婚約を受け入れていただけましたなら、我が国の誇る人材をプロスペール皇国に貸すことも出来ます」
ナタナエルが鼻で笑う。
「リリアージュは今や俺を遥かに超える大英雄だぞ?リリアージュへの国民達からの信頼は厚い。リリアージュの言葉なら国民達も素直に応えるだろう。後ろ盾など要らないに決まっている。というか、リリアージュには古狸…間違えた、母方の祖父がいる。後ろ盾としては充分すぎる。それに、人材の育成なら既にリリアージュの祖父がやっている。今更お前の国に頼る必要などない。」
「しかし」
「それに、お前の国の人材を貸す?まさか国の乗っ取りでも画策しているのか?」
「そのようなことは」
ナタナエルが冷たい目を向けた。
「黙れ。お前の国の考えはわかった。今後はお前の国とは付き合いは無しだ。わかったらさっさと帰れ」
「お待ちください、皇帝陛下!それはあまりにも横暴過ぎます!」
「うるさい。あまりにも騒ぐならお前の首を取ってエルキュール王国に送りつけるぞ」
「なっ…!」
「リリアージュの幸せを脅かす者は俺が許さない。覚えておくことだ」
エルキュール王国の使者は悔しそうに顔を歪めると叫んだ。
「…冷血の皇帝が聞いて呆れたものだ!娘に骨抜きではないか!娘ばかりを優先して、あとで後悔しても取り返しがつかないことがわからないのか!」
ナタナエルは笑う。
「それが本心か?よく吠えるな。娘に骨抜きなのは仕方ない。うちの娘は最高に可愛いからな。今やうちの貴族連中どころか平民達にまで俺の溺愛ぶりは噂になっているらしいぞ?その上で、冷血の皇帝の人間らしいところがやっと見つかったと喜ばれているらしいな。娘ばかりを優先するのは当たり前だろう。うちの娘はいずれは皇太子になり女帝となる。国の宝を優先してなにが悪い?あの子が不幸にでもならない限り、後悔などするものか」
ナタナエルがそう言うと、エルキュール王国の使者は今度こそ諦めがついたのか黙って転移魔法で帰っていった。
ルイスがナタナエルに質問する。
「あんな奴こそ処断するべきでは?」
「リリアージュのおかげで助かったくせに、プロスペール皇国の次の跡取りが俺から溺愛されるだけの箱入り娘だと侮るような国だ。俺が手を下すまでもなく近いうちに落ちぶれるさ。…そもそも、このプロスペール皇国と付き合いが無くなるんだぞ?他の国も大体は俺達プロスペール皇国につくだろう。いずれはどの国とも付き合いがなくなって自然消滅するんじゃないか?」
「なるほど、確かにそうですね。失礼致しました」
「だがまあ、本当は本当にあいつの首を落としてエルキュール王国に送りつけてやりたかったけどな。いくらなんでもリリアージュを侮り過ぎた。むかつく」
「お気持ちはわかりますが、抑えてください。せっかくいつもよりは平和的に落ち着いたのですか
ら」
「ふん」
「パパ!」
ナタナエルがそんなやり取りをしていたと知らないリリアージュは無邪気にナタナエルの元を訪ねた。
「リリアージュ、どうした?」
「この間のネックレスのお礼にミサンガを作ったからあげる!」
「…ありがとう、リリアージュ」
ナタナエルは無邪気なリリアージュの様子に、やはりまだまだ守ってやらねばと気持ちを新たにした。




