愛娘を溺愛する皇帝陛下は昔を思い出す
「ねえ、皇帝陛下」
「なんだ」
「もしも皇帝陛下との間に御子が生まれたら、その子はきっと皇帝陛下の大切な家族になれると思うのです」
あの女はいつだってそうだった。謙虚で、控えめで、優しくて、繊細で、だというのにとても強い。そう、この頃にはあの女は少しずつ自分を不治の病が蝕んでいくのに気付いていたはずなのだ。だというのに、誰にもそれを言わず、リリアージュを健康に生み、育てて、リリアージュが五歳になるとこの世を去った。
献身的な女だった。俺は愛してなどいなかったのに、あの女はいつだってどんなことでも俺を常に優先した。俺に愛していると囁いた。リリアージュが生まれてからは俺よりもリリアージュを優先するようにはなったが、それでいいと今は思う。それでこそあの女だと。
名前は、なんといったか。名前すら、すらすらとは出てこない。なのに、印象に残る女。俺の心から離れてくれない。リリアージュを引き取ってからは、その想いが増した。ルイスに相談したら、困った顔でご自身で気付くべき感情ですよと言われた。一体この感情はなんなのか。
そう。リリア。リリアという名前だった。リリアージュの名前は、リリアから来ているのか。そうか。…なんだか、今日は余計なことばかりを思い出す。余計なことばかりを考える。…酔いが回ったか。酒はもうやめよう。
「パパ!」
「リリアージュ、どうした?こんな夜中に。眠れないのか?」
「夢でね、ママがパパのこと大好きだって!リリーもパパが大好きよって言ったら、パパとママもリリーが大好きよって!パパはママのことが好き?」
「…印象に残る女だった。リリアは、優しい人だった。…俺は、いつでも彼女に甘えていたんだと、今になってようやくわかったよ」
酔いが回って、何を言っているのかすら曖昧になる。ただ…。
「…三人で過ごしたり、してみたかった。すまない、リリアージュ。俺は、不甲斐ない男だ」
「パパ、大丈夫だよ!ママはいつだって、私達の側に居てくれるもの!ねえ、今日は一緒に寝よう?ママのお話、たくさんしたいの!聞いてくれる?」
「もちろんだ」
リリアージュの話を聞き、リリアの知らない一面を知るたびに何とも言えない感情に囚われる。
そう、これは、きっと気付くのが遅すぎた初恋。愛してすらいない女だったはずなのに、こんなにも愛おしい。苦しい。辛い。会いたい。せめて、死に目にくらい会えば良かった。女々しい男が、初恋との間に生まれた最愛の言葉に耳を傾けながら、ゆっくりと微睡んだ。