皇帝陛下の愛娘は叔母様に懐く
「パパー!」
「どうしたリリアージュ…本当にどうした?」
泥まみれのリリアージュが泣きながら走ってくる。ナタナエルは何事かと泥が付くのも構わずリリアージュを抱きしめた。
「お外でね、猫の赤ちゃん達がカラスに虐められてたの。一生懸命に泥団子で守ったんだけどね、赤ちゃんこのままじゃ死んじゃうよぉ」
ぐずぐずと泣くリリアージュ。ナタナエルはリリアージュに引っ張られ猫の赤ちゃん達の元へ行く。
「…」
「ねえ、赤ちゃん大丈夫?大丈夫?」
「…リリアージュ、助けたいか?」
「うん!」
ナタナエルはため息を吐く。猫の赤ちゃんの前にはいつのまにか親猫がいた。だが、カラスに虐められていたという子猫達は虫の息。それでも必死に我が子を守ろうとナタナエルに威嚇してくる親猫。気持ちが良くわかる。油断するともらい泣きしそうだ。
ナタナエルは規格外な魔力を行使して治癒魔法を子猫達にかける。普通の治癒魔法なら、もう虫の息の子猫達は助からなかっただろう。しかし、ナタナエルの魔法は一味違う。子猫達は息を吹き返し、元気に鳴いた。そして、走り回り始めた。親猫は嬉しそうに、感謝を伝えるようにナタナエルとリリアージュに向かって鳴いた。そして、子猫達を連れて去っていく。
「パパありがとう!優しいパパが大好き!」
「俺も愛してるぞ、リリアージュ」
それがつい先日の話。
「…で、子猫達の兄弟を見てリリアージュが兄弟を欲しがっていると」
そして今日。ナタナエルの元をリリアージュの祖父…ナタナエルの義父が訪ねてきた。つまりはリリアージュの母の父親だ。定期的に会っているリリアージュから兄弟が欲しいと聞いて、ナタナエルに直談判しに来たのだ。
「はい。ですから、リリアージュ様のために新しい皇后、新しい母親としてうちの娘、つまりリリアージュ様の叔母を…」
「却下」
「しかし、リリアージュ様にご兄弟を…」
「要らん。俺が居れば良い」
「陛下…一度だけでも会いませんか?是非ともリリアージュ様もご一緒に」
「…しつこい」
「娘がリリアージュ様とお話ししてみたいと…」
「ルイス」
「はい」
いつのまにかルイスがするりと現れる。
「リリアージュにもし何かあればすぐにこいつの娘を押さえつけろ。いいな」
「お会いなさるのですか?」
「リリアージュと話してみたい、という気持ちを尊重してやるだけだ。害になるならすぐに処分する」
「ありがとうございます、皇帝陛下!」
「リリアージュに何かあればお前にも責任は及ぶからな」
「はい!」
そして、リリアージュが呼ばれ、初めての叔母とのお茶会となった。ナタナエルはあくまで監視役である。
リリアージュは何と言ってもやはり第一皇女。叔母とはいえそう簡単には会えない。初めましての叔母に緊張するリリアージュに、母によく似た顔で優しく微笑む叔母。
「お初にお目にかかります、第一皇女殿下。リリアージュ様とお呼びしても?」
「は、はい!叔母様!」
「ふふ、本当に姉様そっくり…リリアージュ様。安心してくださいな。私はリリアージュ様からお父様を取り上げたりはしません。そもそも、私は皇帝陛下には嫁ぎません。あ、お祖父様には内緒にしてくださいね?」
「?」
「私、好きな人がいるのです。というか、まあ、婚約者なんですけれど。普通にらぶらぶなので今更皇帝陛下に嫁げとか無理です、無理。もし皇帝陛下に選ばれたら婚約は白紙にとか言われてますけど、絶対無理。そんなことになったら死にます」
「お、叔母様は死んじゃだめー!」
「ふふ、ええ。はい。死にませんよ。だから、リリアージュ様。お祖父様に何か聞かれたら、お父様を叔母様には取られたくないと答えてくださいまし」
「わかりました!」
「良い子。さあ、あちらで叔母様と泥団子でも作って遊びましょう。それとも紙飛行機?折り紙もいいですね」
「…叔母様大好き!」
ああ、とナタナエルは思う。リリアージュは、離宮では母親とそうして遊んでいたのかと。ナタナエルは、愛情はかけているつもりだが、あまり一緒には遊んでやれない。
「…おい」
「はい、皇帝陛下」
「お前と婚約者の結婚を国王として盛大にお祝いしてやるから、たまにリリアージュと会ってやってくれ。俺一人ではやはり、足りないものもあるだろう」
「…まあ。皇帝陛下はお姉様の仰る通りの方なのね」
「ん?」
仰る通りとは。
「お姉様はよく仰っていたのです。皇帝陛下は不器用なだけで、誰よりも優しく繊細な方だと。それを癒して差し上げられない自分が悔しいと。…聞いていても信じられなかったのですが、なるほど本当なのですね。リリアージュ様がこうして皇帝陛下を癒していらっしゃるのを、お姉様は喜んでいらっしゃるでしょうね」
…あの女は、俺をそんな風に思っていたのか。ナタナエルは、なんとなく。もっと、話しておけば良かったと思った。
後日、リリアージュの叔母とその婚約者がナタナエルから祝われて盛大に結婚式を挙げた。リリアージュの祖父はそれはそれで満足そうな様子だったので、これで良かったのだろう。