皇帝陛下の愛娘は段々と恋を意識する
「パパー!」
「リリアージュ。走るな、転ぶぞ」
リリアージュはナタナエルに抱きついた。ナタナエルはリリアージュを軽々と抱えて優しく降ろす。
「パパ、あのね、あのね!」
「どうした?」
「今度の夜会で、いよいよ社交界デビューでしょ!」
「…そうだな」
変な虫が寄ってこないか心配なナタナエルを他所に、リリアージュはナタナエルがこの世で一番幸せになる魔法をかけた。
「パパにエスコートとファーストダンスをお願いしたいんだ!」
目が点になるナタナエル。平静を装っているが、嬉しくておかしくなりそうだった。
「…何を当たり前なことを。元よりそのつもりだ」
それでも、嬉しいものは嬉しい。ナタナエルの感情には聡いリリアージュは、すぐにそれを察知した。ご満悦である。
「ふふ、パパ大好きー!」
「まだまだ子供だな」
優しく頭を撫でるナタナエル。まだまだリリアージュには恋は早いと思った。
「ルイス」
「はい」
「やはりリリアージュは俺と踊るそうだ」
「え、あれだけ素敵な貴公子が揃っているのに!?」
「だから言っただろう。リリアージュに恋はまだ早いと」
先日ルイスは、ナタナエルに今度の社交界デビューの時には誰がパートナーになるのでしょうねと言った。
ナタナエルが自分に決まっているというと、ルイスはリリアージュも年頃なのだから恋のお相手に決まっていると返した。
ナタナエルはルイスを魔法でボコボコにした後治癒魔法を掛けたが、普通に大人気ない。
「うーん。リリアージュ様はあんなにお美しくなられたのに。勿体ないですね」
「だから、まだ早い」
まだ早いと、呪文のように繰り返すナタナエル。ああ、本当は分かっているのだなとルイスは軽口をやめた。
「パパ!」
そして社交界デビューの日。リリアージュは、それは美しく着飾っていた。ナタナエルは、感動して声も出ない。あれだけ小さな子供が、こんなにも美しく育った。それだけで、ナタナエルは生きてきた意味を感じた。
「ねえねえ、似合う?可愛い?」
「世界一可愛い」
「パパ大好きー!」
どうせ髪型も化粧も魔法で固定されているので、いつも通り抱きついたリリアージュ。そんなリリアージュが可愛くて仕方がないナタナエル。ルイスは、そんな二人を優しく見守った。
二人が会場に入ると、普段ナタナエルに守られて決して表舞台には出てこなかった美貌の姫を一目見ようと貴族たちの不躾な視線がリリアージュを襲う。
中には、ナタナエルの溺愛を疑う者もいるようだ。舐め回すような視線。しかしリリアージュは、パパのエスコート、パパとファーストダンスとそればかりを考えていたので気にも留めない。そんなリリアージュにナタナエルは気付き、余計な視線に気付かせないようそっとおでこにキスをした。
珍しいパパからのキスにリリアージュは飛び上がって抱きつく。それを軽々と抱えて頬にもキスを落とすナタナエル。ナタナエルの溺愛ぶりを見て、貴族達は失神しそうになった。これでリリアージュを舐めてかかり失礼をしたらどうなっていたことか。まあ、断罪されるに決まっているのだが。
リリアージュは早速ファーストダンスをナタナエルと踊る。踊りは標準より少し出来る程度のリリアージュだが、ナタナエルのリードで楽しく踊れた。やはりパパはすごい。すっかりファザコンとなったリリアージュである。
ファーストダンスを終えて、リリアージュの元へ命知らずな貴族の令息達が集まり始める。あまりのリリアージュの美しさに吸い寄せられるのだ。
だが、ニコラとラウル、シモンが側に来た。そして、自然な流れでリリアージュを誘う。ナタナエルはそれを見て頷いた。ニコラ達になら、リリアージュを任せてもいい。リリアージュは、ニコラの手を取る。
「リリアージュ様。今日は特別お美しいです」
「そうかなぁ。ニコラもとってもかっこいいよ!」
「一応、社交界デビューの日なのでルイスさんに奮発していただきました」
「ルイスのお嫁さんとお子さんとはどう?」
「すごく仲良くしていただいていますよ。なんなら本当に家族のようです」
「よかった!」
無邪気に笑うリリアージュに、貴族の令息達が騒ついた。ニコラは美しいリリアージュを他の男に見られるのが面白くない。せめて、リリアージュの意識が他の男に向かないようにと足掻く。
「リリアージュ様。これからも全身全霊をかけてリリアージュ様にお仕えします。ですからどうか、ご褒美をください」
「ご褒美?」
「どうか、今日一日だけ。皇帝陛下の他には、僕だけに微笑んでください」
「パパにはいいの?ならいいよ!」
「ありがとうございます、リリアージュ様」
踊りが終わる。リリアージュは、約束通りニコラだけに微笑んだ。少しシャンパンで休憩して、次はシモンと踊る。
「リリアージュ様、もしかしてニコラと変な約束した?」
「ふふ、わかる?自分にだけ微笑んで欲しいんだって!」
「ふーん…なあ、リリアージュ様」
「うん?」
「…俺がさ、リリアージュ様が好きだって言ったらどうする?」
どうする?なんて疑問形の割に、その目は真剣だった。リリアージュは、どうにか踊る足は止めずに思考だけ停止した。
「俺も。リリアージュ様には、俺だけに微笑んで欲しい。さすがに、皇帝陛下は別だけど」
「…シモン?」
「ねえ。少しは俺のこと、意識してよ」
リリアージュは、踊りが終わるまでずっとシモンの言葉の意味を考えた。そして、恋というものを初めて意識した。
次は、ラウルと踊る。ラウルは、リリアージュの変化に気付いた。
「シモンとニコラが、抜け駆けしましたか?」
「抜け駆け?」
「こっそりとリリアージュ様にアプローチを仕掛けたでしょう」
「…うん」
「俺も、貴女が好きです」
「ラウル、私」
「まだ返事はしないで。…どうか、真剣に考えて下さい。その上でお返事を。…まだ、アピールも満足に出来ていないのに振られるなんて、ごめんです」
「…わかった。真剣に考えるね」
「ええ。…シモンとニコラのことも、どうにか真剣に」
「うん」
ここまで来たら、もう逃げられない。リリアージュは、真剣にニコラとシモン、ラウルとの関係を…そして、恋を考えることになった。出来ることなら、パパとママのように相思相愛がいい。
パパとママの関係は、他の人から見てどうかは知らないが、自分からすればどう考えても深く愛し合っていた。ママから話を聞き、パパから話を聞き、これが愛なのだと強く思った。あの強い絆を知っていれば、愛に憧れを持つものだ。
踊り終わり、他の御令息と踊る気分ではないリリアージュはもう帰るとわがままを言った。ナタナエルは、深くは聞かずにそれを叶える。なんとなく、リリアージュの様子を見ればそれが嫌な思いをしたからではないとわかったから。
リリアージュももう年頃。無邪気に笑うリリアージュは、ナタナエルの手を離れて行く。ナタナエルは、まだ誰にもリリアージュを渡したくはなかったが、誰よりもリリアージュの幸せを願った。
ちなみに。エミリアとレオナールは自分達だけアプローチを仕掛ける男子三人をダンスに誘い散々足をヒールで踏み潰した。エミリアとレオノールも、それはそれはリリアージュが大好きなのである。