皇帝陛下の愛娘は、緑の少女と出会う
時は過ぎ去り、リリアージュ十五歳は今日も友達に囲まれて楽しく過ごしていた。
「ニコラ、みてみてー!パパから魔法褒められたのー!」
「お上手ですよ、リリアージュ様」
「リリアージュ様、魔法の使用中にはしゃぐと危ないですよ」
「お堅いな、宮廷魔術師様は」
「専属護衛騎士様は楽観的過ぎるのでは?」
「うん?」
「なにか?」
「ちょっと!リリアージュ様の前で喧嘩しないでください!ね、リリアージュ様」
「エミリアちゃんの言う通りだよー。喧嘩しないで!」
「リリアージュ様…わかったよ」
「すみません、リリアージュ様…」
「そんなことより私の焼いたクッキーでもどーお?リリアージュ様の好きなアイシングクッキーだよ」
「わあ!可愛い!レオノールちゃんありがとう!」
「どういたしましてー」
そこにルイスが現れる。
「リリアージュ様。皇帝陛下がお呼びです」
「?…わかった!」
リリアージュはナタナエルの元へ行く。
「パパ!」
「リリアージュ。走るな、転ぶぞ」
ナタナエルは飛びついてきたリリアージュを抱きしめて優しく下ろす。そんなナタナエルにリリアージュはぎゅうぎゅうとハグを続ける。
「それでどうしたの?パパ」
「お前の祖父が、いい加減にお前をパーティーや茶会に出せとうるさい」
「ふーん、わかった!どっち?」
「今回は茶会だ」
「へー」
「茶会のメンバーは、お前の祖父に決めさせたが…一匹、毛色の違うのがいる。アレのことは無視していい」
「?」
「お前が仲良くしたいなら、それでもいいがな」
「ふーん…わかった!」
「そうか」
ナタナエルのリリアージュへの溺愛ぶりは十年経とうが健在だった。
「じゃあ、お部屋に戻るね!また後で会えるのを楽しみにしてるね!」
「…俺もだ」
相変わらず言葉は足りないが、リリアージュはそれで察した。パパは本心から自分に会いたがっていると。親孝行な、良い娘である。
そしてお茶会当日。
「皆様、ごきげんよう。リリアージュ・プロスペールです、以後よろしくお願いします」
「お初にお目にかかります、第一皇女殿下。お招きありがとうございます、私はチエリー伯爵家の…」
「第一皇女殿下、お会い出来て光栄ですわ!お招きありがとうございます、私はシルヴァン侯爵家の…」
「お初にお目にかかります、第一皇女殿下。あまりの美しさに感動いたしましたわ!私はシメオン伯爵家の…」
リリアージュは初めてのお茶会にも冷静に対処していた。一人の少女を見るまでは。
「第一皇女殿下」
にこりと微笑んだその少女は。…緑の、髪をしていた。
さっと血が引くリリアージュ。緑の髪は皇族の証。そして、親戚で緑の髪の人は全員知っているはずだった。外へ流れた皇族の血も含めて。つまり。
…表に出さない、婚外子。公然の秘密?いや、きっと、しばらくは魔法で髪を変色して過ごしていたのだ。これは勘だが。…つまりは?パパが言っていた毛色の違うのが一匹とは、コレのことだ。コレは、私を脅かす。何故か、そう思った。
そこまで思ってリリアージュはハッとした。コレなんて言い方可哀想過ぎる。脅かす可能性があるとしても、仲良くなれるかもしれない。それに、パパの隠し子とは限らない。誰か他の親戚の隠し子かも。それに、パパの言い方的にパパは気に入らないみたい。パパに愛されているのは、私だ。
そしてまたリリアージュは頭を振る。なんだか、今日は調子が悪い。嫌なことを思ってしまう。
「えっと…貴方は?」
「私はリュシエンヌと申します。第一皇女殿下より三歳上なんですよ。平民として育ったのですが、最近女手ひとつで育ててくれた母が亡くなって、しばらくしてからパピヨン公爵家のお義父様が拾ってくださって。髪の色が緑だっていうのもお義父様が私に掛かっていた変色の魔法を解いてくれてわかったんです」
余計なことを、と思ってしまう。嫌だ、今日の私は悪い子だ。パピヨン公爵のしたことは、きっといいことだ。何が狙いかはわからないけど。きっと。
「それで、もしかしたら私、第一皇女殿下の親戚かもしれなくて!もしかしてもしかしたら、家族かもって!」
つまり。自分はパパの子だと、言いたいのか。周りの貴族のご令嬢の冷たい目にも気付かないくせに。ああ、嫌だ。こんなこと思いたくないのに、この子の前にいると、自分の醜い部分がどんどん現れる。私、こんな子だっけ?
「仲良くしてくださいますか?リリアージュ様!」
無邪気なこの子が、すごく怖い。
「…すまない、どいてくれ」
側に控えていたニコラがリリアージュに駆け寄る。
「リリアージュ様、大丈夫ですか?体調が悪いのでしょう?顔色が悪い。今日はお開きにしましょう」
「でも…」
「申し訳ありません、皆様。今日はこれでお開きにします」
「リリアージュ様、ちょっと失礼」
同じく側に控えていたシモンがリリアージュを抱き上げる。そのまま宮廷に引っ込んだ。
取り残された貴族のご令嬢達は、口々にリュシエンヌの悪口を言う。あの平民上がりのせいで、第一皇女殿下が具合を悪くしたと。それをその場に残ったエミリアとレオノールがフォローする。リリアージュ様は朝から体調が優れなかった、申し訳ないと。心優しいリリアージュがリュシエンヌの悪口を気にするだろうと思ったからだ。
そして、ラウル。ラウルは、リュシエンヌからなんとも言えない気持ちの悪い魔法を感じ取った。魅了に近いが、ちょっと違う。まるで、人の感情を煽るような…それも、使っている本人も使われている本人も気づかないような、無意識レベルの気持ちの悪い…。ラウルは、何も言わずにリリアージュの後を追う。リリアージュを、守るために。
リュシエンヌは、一連の流れを見て、一言呟いた。
「いいなぁ」
あれは…みんなから愛されて大切にされるあの環境は、本来なら自分のモノだったのに。
その思い違いは、言葉に出さなかったため誰にも指摘されなかった。